お金を出すか、お前を出すか。

 別れの電話から1時間も経たないうちに、別れを告げたばかりの彼の、地元の友達(ヤンキー)から電話が掛かってきて、ドスの利いた声で、こう恫喝されたのです。

「心変わりして、俺のダチを振るなんて、どういうつもりだ。お前、どっちか選べ。十人からに姦されるか、二十万用意するかだ」

 このセリフを聞いた時、まずわたしが思ったのは「二十万!中途半端すぎ!」ということでした。もちろん二十万円は大金ですが、十人からに姦されることを考えれば、ちょっと安すぎやしませんか。なので、思わず笑ってしまったのですが、向こうにそれが伝わってしまったらしく「姦す時にはビデオも撮るからな、覚悟しとけよ!」と叫んで電話は切れました。

「ヤンキーに手なんて出すんじゃなかった……」と後悔したものの、後の祭りです。脅しと割り切って放っておくという手もありましたが、万が一ということもある。「どうしようかなぁ」と悩んでいる最中に、たまたまMさんの席につく機会があったので「わたし、すっごい面倒くさいことに巻き込まれつつあるんですけど!」とぼやいてみたところ、「じゃあ、俺が解決してやるよ」とあっさり言ってのけてくれたのです。

 もちろんMさんはわたしの元彼氏のことなんて知りません。面識もない相手にどうやって解決の道筋をつけるのか。そもそも向こうはヤンキーだし、いくら強面といっても……。「いいから、そいつの電話番番号を教えろ」というので、伝えて数日後。Mさんが店を訪れてこう言ったのです。「全部解決したから、もう、心配しなくていいよ」。

 まるで狐につままれたようでした。いったいどうやって、粋がりまくっている千葉のヤンキーを黙らせたのか。「意味がわかんないんですけど!どうやって解決したんですか!?」と再三うるさく騒ぎ立てていると、Mさんは渋々ながら、その方法を教えてくれました。
「電話をして、で、『俺が代わりに、あいつが心変わりしたって男をボコって、あいつもシメとくから、それでいいだろ? それとも、俺の顔潰すのか』って言ったら、引き下がった」

 いや、説明をされても、やっぱりさっぱり納得が出来ません。なんでこのオジサンが「代わりにボコる」ってことで、物事が解決するのか。しかし、納得は出来ないまでも、なんとなく理解が出来たのは、男の社会って、わたしの知っている女社会とは、まったく違うルールで動いているんだな、ということでした。

 もしもこれが女だったら。いくら強面の年上であろうとも、見知らぬ女性が「わたしに任せてお前は引け」とドスを利かせたところで、「関係ないじゃないですか!わたしと彼の問題じゃないですか!」ってなりますよね。

 けど、男って違う。

 どんなに理不尽であっても、強いものの言うことが通る(ことがある)。ということを考えると、女に生まれてよかったと心底から思うわけですが、しかし、一方では、日本の社会は、その実、男社会。そして、これから先、女でありながらも、“男社会の中”で生きていくを余儀なくされることに、その頃のわたしはまだ気が付いていませんでした。

Text/大泉りか

次回は《中国語の「抜」に期待をしたら痛い目に…風俗浮気未遂も許せる「心の余裕」》です。