努力したことがない
【相談】人生で何かを必死に努力したりやりきった経験がなく、このままでいいのかなと焦ることがあります。
部活や受験勉強をやりきった人、独学で何かを身につけて転職した人、他にもすごく好きなものがあって周囲からその人=そのイメージがある人など、何かをやり切ったりしてる人を羨ましく感じます。
衝動性だけはあるのでその後も何かを思い立ってやってみてもすぐ「これ意味なくね?」と無駄に感じてしまったり、飽きてしまいます。どうすれば何かに必死になったりコツコツと努力できる人になれるのでしょうか。(編集部X/27歳当時のお悩み)
金井の回答
その対策には、「やりはじめたら無になる」のがおすすめです。そしてそれをやる前に、こうなりたいという目標の姿をある程度持っておくとよりいいです。きれいな目標よりこうなったらこうなっちゃうな…みたいな人に言いづらいけど自分に刺さるやるつがいいです!
それでテンションをあげつつ、次はやることを決めてとりあえず目標の数も定めて(一日何冊本読むとか課題何個やるとか)、ただクリアするだけだと思って無になってやります。
これ意味あるのかなー?と粒で考えると大体のものが意味がないので、その時は何も考えずゲームだと思ってやると結構できるもんですよ! そうすると気づいたら達成していることが多いです。
大川の回答
飽きるということは、全体像をすぐに掴むことができる、つまりあなたの中で“やりきった”ということになるんじゃないでしょうか。
むしろ衝動的にでも色々興味を持てるフットワークの軽さに意味があるような気がします。だって行動した分、あなたに知見が貯まっているということですから。
一方で、『暇と退屈の倫理学』によると、古来から人間は退屈に耐えられない存在だった、とあります。だらだら過ごしてしまった日の夜に感じる罪悪感とかまさにそれですよね。退屈を紛らわせるために浪費をしているのか、その辺が意識できると衝動性だけでなく、興味の密度がもっと濃く深くなりそうな気がしました!
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