「性を楽しみたい」という前向きなエッセンスを生活に/春画―ル

あなたとわたし、みんなの春画

春画

知性と理性と愛情を持って生きていく。

ずっと生きにくかった。人と話すのが苦手で、男子を過剰に意識して顔が赤くなる思春期。自分の太い身体も嫌いで、クラスの可愛い女子のふくらはぎの細さが羨ましかった。

春画葛飾北斎《喜能会之故真通(きのえのこまつ)》

色事のひとつも知らないわたしが初めて見た、葛飾北斎の《海女と蛸》の図。衝撃的だった。

女性の裸体があらわになり全身にはねっとり蛸が絡みつき、あろうことか「もっと、もっと」と求めるその姿。

何回もネットで検索してその春画を見た。これがわたしの春画との最初の出会い。
その10年後に自分の中で眠っていた春画熱が目を覚まし、勉強をはじめた。

春画をスケベな絵という印象をお持ちの方に補足すると、春画は時代ごとに十二枚一組になっている十二枚組物や、曲亭馬琴の『南総里見八犬伝』などの当時人気だった本のパロディもの、性の指南書になっているもの、手のひらサイズの豆版春画など、形態も内容も様々なのだ。とりあえず即物的に性的興奮を促してくれるためだけのものではないと覚えておいて欲しい。

春画河鍋暁斎《はなごよみ》

わたしが春画を好きになったのは理由のひとつは、春画に込められた「性と笑いの密接な関係」「パートナーとの和合の大切さ」といったメッセージを多くの絵から感じたから。

そして「色」が特定のひとだけのものではないということも。
「あなたの春画」だし、「わたしの春画」。「みんなの春画」なのだ。

わたしは江戸時代に出版された性の指南書を読むのが好きなのだが、日本に最も影響を与えたのが、中国由来の房中書「素女妙論(そじょみょうろん)」である。艶本の研究をする石上阿希氏の書いた「『女大学宝開』と中国養生書」によると、後に、医学者の曲直瀬道三(まなせどうさん)によって和訳された「黄素妙論(こうそみょうろん)」が艶本への直接的な影響を与えたとされている。

春画月岡雪鼎《女大学宝開(おんなだいがくたからべき)》

そして、黄素妙論に記述された考えが反映された書物のひとつに《女大学宝開(おんなだいがくたからべき)》がある。この書物は月岡雪鼎の挿絵とともに、「交わり」に対する考え方が記されている。
一部を抜粋すると、

「それ古(いにしへ)より今にいたるまで、ひとをつくり又その人のたのしみとなる事此道にまさるものなし」

とある。

男女が交わることで子孫が繁栄することは黄素妙論と同じなのだが、「色」がこれ以上ないたのしみであることは雪鼎、または日本の艶本の見解であるという。

性は本来喜びであり、誰かの欲求を満たすために誰かが傷ついたり消費されてはならないのだ。

春画渓斎英泉《閨中紀聞/枕文庫(けいちゅうきぶんまくらぶんこ)》

渓斎英泉の記した「閨中紀文/枕文庫」も同じく黄素妙論を参考文献としているのだが、ここにも日本の和合の考え方が記されている。
現代風に訳すると、

「交わるときは自分勝手にはしてはいけない。とにかく今のひとたち(江戸時代の当時のひとたち)は相手のことを考えず、相手が気持ちよくなるより先に自分ばかり気持ちよくなる。それは大いなる誤りである。相手の美快なるべきことを考えてともに気持ちよくなることは陰陽和合であり男女ともにたのしむべきである。」

そして、この文章以降は女性との肌の重ね方や、先にいきそうになったら気を紛らわせ相手がより気持ちよくなることをするべしと記されている。そして女性が男性よりもオーガズムを感じることが遅いことは心に留めておきなさいとも念を押すように書かれている。

ここでは男性が女性に房中(部屋の中のこと)でどのように接するべきかの視点で記されているが、いずれにせよパートナーと触れ合うときは相手を置いてけぼりにしないことが重要ですね。