「リアル」を捉えるメディア

 阪神淡路大震災をテーマにした作品を先に挙げたが、東日本大震災ではカンパニー松尾監督が『恥ずかしいカラダ DOCUMENT 愛咲れいら』を撮っている。
中高時代暮らしていた仙台の被害を目の当たりにした愛咲が自分を落ち着かせるために、「頭おかしいよね」と笑いながら、リストカットの痕が隠れるほどパワーストーンをじゃらじゃらと身につけるシーンが印象的だった。

服部恵典 東大 院生 ポルノグラフィ 東日本大震災 阪神淡路大震災 熊本地震 カンパニー松尾 愛咲れいら 『恥ずかしいカラダ DOCUMENT 愛咲れいら』

「『震災』という文字を入れると『VSIC(ビジュアルソフト・コンテンツ産業協同組合)』というAVの倫理審査団体に弾かれるので、入れていません」(『AV男優の流儀』p. 159)とカンパニー松尾が語っているとおり、タイトルだけでは震災を扱っている作品とは分からない。
ちなみに、DMM.R18の紹介文は「生姦×美脚M女×秘密×ヤバい!謎の美女れいらと巡る、想定外のセックス紀行!麗しの八頭身美人れいらのエロと波乱に満ちた半生を美しいセックスとナマナマしい証言で綴るドキュメント!!」で、こちらにも「震災」の文字はない。前情報なしで観始めた視聴者は、震災映像が流れ出したら下半身丸出しで間違いなくとまどうだろう。

 カンパニー松尾はさらに、熊本地震を取材して『世界弾丸ハメドラー ふるさと 神ユキ』を撮っている。神ユキは事務所の意向で出身地を詐称していたが(AV女優にはよくあることだ)、カンパニー松尾の助言もあって、2015年に出身地をふるさとの熊本県に改め、公表している。

 本作のインタビューシーンで、神は「実家は……多分潰れてると思います」と苦笑する。“多分”と答えたのは、彼女が両親と絶縁しているからだ。東京に来て、26歳でAVデビューしたときから、彼女はふるさとの熊本には二度と帰らないと決めていた。
だが、2016年4月14日の熊本地震の被害を見て、神は支援のために帰ることを決断する。東日本大震災のときに震災から1か月経っても段ボールを敷いて寝ていた被災者の様子を覚えていた彼女は、大量のマットレスを寄付した。

 そんな真面目な語りから一変して、セックスシーンになると途端に「AV女優」の顔を見せる。ときおり濁る喘ぎ声もセクシーで、監督も「今日、真面目な話したからあんまり勃たないかなと思ったら全然違った、だめだ」と唸るほどだ。この変わり身にくらくらする。だが、どちらの表情も「神ユキ」なのだろう。

 ごく個人的な感想を言えば、『恥ずかしいカラダ…』は取ってつけたように被災地を扱っている印象があったのだが、『世界弾丸ハメドラー…』はカンパニー松尾のスタンスがもう少し分かりやすく出ているため見やすい。
セックスもすべて終わったエンドロールにあたる部分で、熊本の風景と神ユキの艶めかしい肢体がイメージシーン的につなぎ合わされる。と同時に、カンパニー松尾のテロップが現れる。

君と僕とで何が出来るか
考えて、カメラを回した
不謹慎だと思われるかもしれない
不快だと思われるかもしれない
それでも
見せたいものがある

服部恵典 東大 院生 ポルノグラフィ 東日本大震災 阪神淡路大震災 熊本地震 カンパニー松尾 神ユキ 『世界弾丸ハメドラー ふるさと 神ユキ』

 作品の最後は、「日本一綺麗なビーチ」茂串海水浴場の夕焼けと、神ユキのスレンダーなシルエットが重なるシーンで締められる。
監督が「見せたいもの」とは、AV的な美であると同時に、かつ復興が進められる熊本の現状だろう。2つは完全に混ざりきるわけではないが、「リアル」なものとして等価に視聴者の目前に現れる。

 いくつか留保を置くとしても、AVは「リアル」を捉えるメディアだ。
現実への感度が壊れたわれわれは、朝のニュースに映る被災地の映像を、ただの空虚な一情報として目の前を素通りさせることがある。しかし“あの「AV」にすら”震災被害が映ってしまうと、「惨劇は本当にあったんだな」とどうしても胸を刺すものがあるのではないか。

 前情報なしに観る者の、抜きどころを探してザッピングする手が、一瞬止まる。しばらく、思いを馳せる。
そんなことがこの日本でどれだけ起こったかは知らないが、なお復興が続く今、考える素材となる作品であるに違いない。

Text/服部恵典

次回は<クリトリスの位置を知らない女、自分のアナルを見たことがない男>です。
AM編集部同人誌『童貞の疑問を解決する本』を読んで服部恵典さんが気になったのは、「『クリトリスの位置くらい当たり前に知っているだろう』という驕りがあった」という部分。クリトリスの位置を知っている割合は、中国人女性、日本人女性の場合どれくらいなのでしょう?そして、もしもこれを前立腺に置き換えると……?