一徹汁 Ittetsu juice

 ハンブルトンによれば、SILK LABO立ち上げメンバーは、女性向けAVを制作する前に、「都内にある2軒の女性向けアダルトショップをリサーチして、女性はポルノを楽しむしAVも買うけれども、もっと見た目の良い男優を使うこと、もっと体液の描写が少ないことを動画に求める人が多いと結論付けた」(430ページ)。
ここまでは、私が上述した「女性視聴者は汁気が好きじゃない」という話と変わりはない。だが、ハンブルトンの論文のおもしろさは、ファンイベントの観察にある。

 彼女は、エロメンイベント(おそらく2013年5月11日の「SILK EROMEN SHOW CASE vol.1」)の様子をこう綴っている。

 一徹、月野帯人、倉橋大賀、3人の男優からとって名付けられた「一徹汁Ittetsu juice」「月野スウェット Tsukino sweat」「タイガーバームTaiga(tiger) balm」というカクテルのおかげで、女性限定イベントの聴衆はわれ先にとスタッフに注文することになった。似たような淫らなユーモアは、牧野が下品な冗談を言ったり、一徹がだんだん汗ばんで「一徹汁」にまみれているのを笑ったりしながら、その夜ずっと続いた。イベントの参加者は、ポルノグラフィが体液にあまりフォーカスを当てないでほしいと望んでいるにもかかわらず、すすんで、ポルノ的で昔からよくあるような比喩を楽しんだり、このジャンルのいつもは不愉快だと感じるような側面を笑ったりするのである。(434ページ)

 想像するに、司会の牧野「ちょっと一徹さん! 一徹汁がにじみ出てるじゃないですか! 興奮しないでくださいよ!」みたいなことを言ったのだろう。ちなみに、「一徹汁」の中身はカルアミルクである。一徹のミルク……。
SILK LABOが汁気のないセックスを撮っているのは女性視聴者の要望にこたえた結果である、ということを考えれば、こういうド下ネタはウケずに引かれても仕方がない。にもかかわらず、会場がドッと盛り上がった一幕だったのだと思う。

 つまり、精液を映さないからといって「SILK LABOの視聴者は随分うぶなのね」と単純に決め付けてしまっては、物事の一面しか見ることができていないのだ。
映像だけを分析して女性向けAV文化のすべてを分かった気になってはいけないし、こうしたイベントに目を向けることで、ある意味ではむしろ「汁」を楽しむ女性たちの姿が見えてくるのである。

 前にEROMEN LABO公開放送のレポートを書いたが(参考)、ファンイベント会場の熱気はすさまじいものがある。
ポルノ視聴という孤独なはずの営みが、人々を結びつけ、みんなで「汁」を飲み、「汁」を笑う。こういう景色を分析しないことには、このテーマの研究は不十分だろう。
偉大な先達たるこの先行研究をどうにか乗り越え、いい修士論文を書きたいものである。

Text/服部恵典

次回は <震災とAV――女優になる人、女優として帰る人、アダルトビデオが映し出す「リアル」>です。
東日本大震災からもうすぐ6年。現役東大院生の服部恵典さんが、今回は阪神淡路大震災、東日本大震災、熊本地震と関わりのあるAV、ノンフィクションをご紹介します。震災をきっかけにAV女優になる人がいて、震災をきっかけにふるさとに帰るAV女優がいる。不謹慎だと言われてもハメ撮りで「リアル」を映すその意図とは。