女性向けAV発売までの7年のラグ
それにしても、「アダルトビデオ」が無意識に男性を視聴者として想定しつつ誕生した1981年5月から、『夢♡BOY』が発売された88年6月に至るまで7年間もの長きにわたり、「女性向けAV」は存在しなかったということなのか?
もちろん、88年以前にもっと古い女性向けAVが作られていた可能性はある。だが、2011年時点の安田が、『シンデレラになりたくて…』が女性向けAV第1号であるという主張の典拠としている『アダルトビデオ二十年史』の年表には、たしかに90年以前に女性向けAVの存在は書かれていない。
『夢♡BOY』がこの年表から漏れているのはおそらく、プロデューサーも監督も男優もAVの世界の人間ではなかったがために、業界のアンテナに引っかからなかったためであろう。逆に言えば、出演者がタレントばかりだったので、週刊誌は取り上げやすかったはずだ。
カラミを行った「熟女」女優はちょっとよく分からないが、とりあえず、夢♡BOYオーディションの審査員だったナース井手、田代葉子、清水ひとみらは、タレントやストリッパーであってAV女優ではない(田代、清水はビデオに出演していないそうだ)。女優もAV業界にあまりコミットしていない人物だったのかもしれない。
要するに、『夢♡BOY』のように業界のきわで、女性向け作品が88年以前にひっそりとつくられていた可能性はないではないが、そうでなければ、88年の『夢♡BOY』が女性向けAV第1号だろうということだ。
私の個人的な感覚で言えば、「女性もAVを観るのではないか」と思いつくには、「鼻舐めフェチがいるんじゃないか」とか「へそのごまフェチがいるんじゃないか」と思いつくほどには想像力を要しないと思うのだが、どうだろう(こういう性癖の方には心から申し訳ないが)。
だがどうも、「AVは女性にもニーズがある」と気付くために、日本人は7年もの歳月を要したのだ(へそAVには何年かかったのだろう?)。
しかも、女性向けAVを数年間安定供給できるメーカーが誕生するには、さらに20年かかっている。
そして、女性向けAV史は、いつか終わるのだろうか。たとえば、市場に男女の分断がなくなるなどして。短いようで長く、長いようで短いこのメディアの歴史は、この先どう紡がれてゆくことだろう。
Text/服部恵典
初出:2016.12.13
次回は <女性向け「ポルノ」とは結局何か?――女性のマスターベーションとポルノグラフィ>です。
このAMの連載で、今まで何の定義もせずに使ってきた「ポルノ」という言葉。何がポルノで、ポルノとはどういうもので、それを決めるのはいったい誰なのでしょう?考えれば考えるほど難しい問題ですが、ヒントとなるのは2つの研究のようです。女性にとってポルノとは、本当に「オナニーの道具」なのでしょうか?