主観を大切に

妻が幼い頃よりピアノを習っていたことは知っていたが、それがどうやら並の「習っていた」レベルではないらしい。各種コンクールで優勝したり、海外のオーケストラでソリストを務めたり、門外漢の私が聞いても大変輝かしい経歴の持ち主だったのだ。ではなぜピアノを一切弾かず、味はあるが上手くもない絵(失礼だけど)を、しかも独学で描き続けているのか。勇気を持って尋ねてみると、「ピアノではピアノでしか、絵では絵でしか表せない感情がある。今は絵だ」などと抽象的なことを言って埒が明かない

そこで私は、思い切って中古のアップライトピアノを購入してみた。すると妻は溜め込んでいた感情が堰を切ったように溢れ出したのか、それは私のような素人にも只事ではないと伝わるような、すばらしい演奏をはじめたのだ。それ以降、妻はピアノを主軸としたパフォーマンスをメインに活動するようになり、その表現欲を形にし続ける日々を送っていたが、いまだ望むような反響は得られず、常に新たな切り口を共に模索していた。

振り返ってみると、幼い頃からひたすらピアノに打ち込んできた妻は、いわゆる「遊び」に疎く、適当にやりたいことをやって遊び暮らしてきた私からすると、そのパフォーマンスに「遊び心」というか「エンターテインメント性」が足りないように感じていた。そこで、冒頭の「トイピアノ」である。

「おもちゃの楽器を弾かせてみたらどうなるのだろう?」という俗っぽい好奇心が私の中に湧き起こり、たまたま広告で目にしたKAWAIのトイピアノをインターネットで注文。すると、自分たちが思っていた以上の反響があったのだ。

妻は当初「こういうことでよかったの?」と不思議そうにしていたが、ひたすら技術を高め発表することと、人を楽しませることの違いに気づきがあったようだ。私から見ても、かつてより観客に寄り添ったパフォーマンスを心掛けているように感じる。

そして私はというと、妻が再びピアノを弾きはじめて以来、妻の衣装や小道具作りといった「美術制作」や、運転、経理などの「雑用」を自ずと全て担うようになっていた。かつての自分が見たら激怒しそうな役どころだが、なぜか私の心は穏やかで……あの日はじめて妻の演奏を聴いてからというもの、私はとっくに、妻という表現者の前に屈してしまっていたのである。完全に役割分担ができたお陰で私たちは短所を補い合うどころか、長所を伸ばし合っているような実感が得られ、男女関係を超えた掛け替えのないパートナーとなった。

自主企画のイベントでもやっと赤字を出さなくて済むようになったが、これはSNSにおける拡散のお陰である。フォロワーも大幅に増え、自分たちの表現を人々に見ていただけるようになった。夫婦として大きく自己実現に近づいたといえる。

以上、ざっと私たち夫婦の歩みを振り返ってみたが、これが世の男女関係の参考になるかと問われると、甚だ自信がない。しかし、敢えてこの偏った夫婦感覚に普遍性を見出すならば、ひたすら「主観を大切に」と言いたい。

他人は決して変えられない。自分が相手に対してどうしたいかが最も重要なのである。自分の心の問題には、自分が真摯に向き合い、自分が変わるしかない。そう、私が絵描きから美術、そして雑用へと変化してきたように……と、目の前で魚の頭に噛り付いている妻を眺めながら思うのである。

この心地よい悪夢からは、まだまだ醒めそうにない。

Text/戌一

戌一(いぬいち)
美術家。全てのどうぶつの健康と平和を念頭においた「日本どうぶつの会 JAO(Japan Animal Organization)」の代表取締役。妻であり、アーティストのふくしひとみをCEO(Cooni Eccentric Officer)とし、イラストやデザイン、街興し事業、イベント企画運営、パフォーマンス出演 を行っている。
Twitter:@inu1dog1