「最上級の他人行儀」がわたしの愛の示し方/トミヤマユキコ

カップルや夫婦にとって便利なサービスやガジェットは年々増え、家事分担や予定調整など、ふたりの生活をスムーズにする活用方法も広まってきました。
ただ、急に二人の間に新しいシステムを導入するのも難しい…! この連載では、表に出づらい、二人の問題にそもそもどう向き合って解決したか、までの流れを語っていただきます。

凪でいる夫婦のつくり方

トミヤマユキコさんのお話

年下の夫に頼れるようになった妻の画像by Jerome Jome

実を言うと、原稿依頼を断ろうと思っていた。

夫婦がどのようなトラブルに直面し、乗り越えていったのか、そのビフォーアフターを教えて欲しい、というのが編集部からの依頼内容だったのだけれど、いまのところ大したトラブルが発生していないので、乗り越えようがないのだった。

結婚して6年。山なし、谷なし、紆余曲折なし。がんばって振り返ってみて、ようやく出てきた揉め事が「豚のバラ肉で作った方がおいしくなる料理をなんでもも肉で作ったんだ? と責めたらわりと揉めた」というやつで、我ながらしょうもなさすぎるし、やはり世間のみなさまにお話できるようなトラブル回避スキルなどないよなと結論づけ、お断りのメールを送った。

しかし、担当のOさんが、トラブルがないのはわかりましたけど、逆になんでそんなにトラブルがないのか教えてくれませんか、と食い下がってくるではないか。そうか。ここまで凪なのは珍しいのか。まあ、そういうことなら、夫婦仲良く暮らすためにいくつか気をつけていることがありますよとお返事して、原稿を書くことにした。

そんなわけなので、ドラマチックなビフォーアフターは期待しないで欲しい。これからご紹介するのは、凪でいる夫婦のつくり方なのだから。

まず、前提として知っておいて欲しいのは、わたしがつねに「最悪の場合」を想定して行動する人間だということだ。たとえば、朝でかけるとき、マンションの階段を降りるたびに「このまま転げ落ちるんじゃないか」と思うし、電車に乗るときも「1両目だと、事故が起こったとき真っ先にやられるからダメだ」と思う。牡蠣を見れば「きっと腹をこわしてしまう」と思うし、どんなに楽しいイベントの最中でも「超楽しい……しかし人はいずれ死ぬ」と思っている。たいへんネガティブだが、「最悪の事態に備えているので憂いがない」という感じで、低め安定の人生を、平熱で謳歌できている。

こうした思考法がデフォルトなので、夫(おかもっちゃんと言います)との関係についても交際当初から「いずれ揉める」「いつか振られる」と思っていて、それをいかに回避するかついて頭を巡らせてきた。

生きているだけで褒めてもらえる

夫と付き合いはじめて真っ先に決めたのは呼び名だ。わたしたちは、お互いをちゃん付けで呼ぶことにしている。40を過ぎた中年の男女がちゃん付けなんて恥ずかしい、などと思ってはいけない。呼び捨てだと、揉めたときにすごく険悪な感じになるのでよくないのだ。どんな喧嘩も、ちゃん付けだと、なんというか、まろかやになる。バカっぽくなると言ってもいい。とにかくちゃん付けを強制することによって、口論になっても、怒りの勢いが削がれる。その効果を思えば、普段の恥ずかしさなんて屁みたいなものだ。

家事分担も、これはお互いの得意/不得意を考えて、大まかに担当を決めているが、かなりユルい。きちっと分担を決めてしまうと、「あいつの分担なのに最近全然やってないじゃん! わたしはいつだってちゃんとやってるのに! ギー!」となりやすいので、敢えてなあなあにしている。

しかし、そうしたユルい運用だと、大抵のご家庭では、几帳面な人間の負担が増えるだろうと思う。ズボラな人間は、気づかないし、気づいても手をつけようとしない。あと、やってくれるのはいいけど、クオリティが低いという問題も発生しがちだ。夫が洗ったお茶碗を洗い直す妻の話などは、その典型である。

こうした問題を回避するために、我が家では「やった家事は必ず自慢する」「家事をやってもらったら大袈裟に褒める」というルールを採用している。家事をやる(やってもらう)のは決して当たり前のことではない。とくに相手がやってくれる家事は奇跡、ぐらいの気持ちで、たとえゴミ捨てひとつでも、「えっゴミ捨ててくれたとか天才なの!?」と全力で持ち上げるよう心がけている。

「シンクの排水溝めっちゃキレイにしたから!」「すごい! 偉人! 100万円あげよう!」といったことを、バカバカしいと思いながらも敢えて言っていく。褒め言葉が大袈裟であればあるほどよい。なぜなら、大袈裟に褒め合うことが習慣化すると、自己肯定感が高まり、自然と家事をやるようになるからだ。また、別の見方をすれば、仕事がうまくいかない日などに、家事をやって自慢すれば絶対に褒めてもらえるので、仕事での悲しみを家庭での褒めで埋めることもできるのである。そういう意味でも、お互いの家事を褒めるシステムはオススメだ。

ちなみに、このシステムを導入した結果、おかもっちゃんの家事能力はものすごく向上した。それまでは男のひとり暮らしで身につけた荒々しい家事だったのが、洗濯ネットに入れるべき服を見分けられるようになったし、台ふきんを消毒できるようにもなった。素晴らしい。ここでのポイントは、褒めつつも次なる課題があれば、ちゃんと伝えること。わたしは「茶碗を洗って偉いぞ!最後に台ふきんも消毒するともっと偉いぞ!」という感じで伝えている(すると後日「見て! 台ふきん消毒したよ!」と自慢されるので、それも大いに褒める)。

そして、わたしがどうなったかというと、自己肯定感が爆上がりした。というのも、わが家で(というか、おかもっちゃんの中で)このシステムがさらなる展開を見せており、朝起きただけで「偉いね~!」と言われるようになっているからだ。もはや、生きているだけで、息をしているだけで、褒められる。なので、日々、機嫌がいい。