「夫に言いたいこと」は…

ない。

そりゃ、調子の良い時は「いつもありがとう」と伝えたい…などと思っているが、ちょっとイラッとすることがあれば「クソが、死ね」と思う。家族なんてそんなもんじゃないだろうか。だが改めて何か伝えたいことがあるかと言うと本当に特にない。
しかしそれでは何も始まらないし、逆に大典太との結婚生活が再度はじまってしまう。

先日、年に6回ぐらいある、夫と長い時間対面で過ごす会食があった。
結婚記念日である。平素一緒にいる時間が極端に少ない我々であるから、誕生日や結婚記念日など要所要所は一緒に祝うようにしている。
しかし、そんな時話すことがあるか、というとないのである。しかも前回書いた通り、こういう時、私に対するダメだしが始まることが多いため、極力そっちにいかないよう神経を使わなければいけない。

夫も私に話したいことは特にないらしく、会食の場について、しばしの沈黙の後「最近漫画の仕事はどう?」と一年ぶりに会った知り合いかのような質問をしてきたので「悪い。むしろ未だかつて良かったことは一度もない」と答えた。

それきり、また沈黙が訪れた。
あまりにも話すことがないため、もうこのコラムの話をしてしまうことにした。

「最近文章の仕事の方が多く、夫婦というテーマで書いている」
「俺たちのことで何か書くことはあるのか」
「ない」

「「………」」

「次のテーマは「夫に言いたいこと」だ」
「俺に言いたいことはあるのか」
「ない」

「「………」」

全く広がらない。先ほどより沈黙が重くなったような気さえする。しかし、よく考えればそれに乗じて「いつもありがとう」と言えば良かったのだ。言いたいことなんて、コラムに書くもんじゃない。あるなら本人に言えばいいのだ。そうでなければ、本人が聞いてない母ちゃんリスペクトソングと同じぐらい無価値である。

けれど正直に言って、それは恥ずかしい。よって「言いたいことはない。悪い意味で言いたいことは一つもない」と言った。いい意味でならたくさんある、と言いたかったのが、それは言えなかった。夫にそれが伝わったかはわからない。
そして続けて「あなたが私に言いたいことがたくさんあるのはわかっている」と前置きをし

「だが言うな」

と言った。

「自分は言いたいことはない」と先に言うことにより、相手の言いたいことも封じるというウルトラCである。

この技が決まったことにより、夫の小言は回避できたのだが、それ以降、夫は何も話さなくなってしまい、最後の20分ぐらいは双方完全に無言であった。
どうやら夫は、ダメ出し以外に言いたいことが皆無だったようである。

その後、小なべの固形燃料が燃え尽きて具に火が通らず、半分ぐらい食べられなかったり、二回連続オーダーを忘れられ、平素怒らない夫が店員に文句を言ったりと、場の空気はドンドン悪くなっていった。

はっきり言って、今年の結婚記念日は「15点」ぐらいだ。

そのまま、ほぼ口を開くことなく帰宅。私は若干重い気分をひきずって、最近始まったアニメ「刀剣乱舞-花丸」を見ることにした。

くわしい感想は控えるが、一言で言うと、最の高。/p>

「これだけ素晴らしい二次元の世界があるのになぜ現実などというものが存在するのか…」

これが結婚記念日に私がツイッターにてつぶやいた言葉である。

Text /カレー沢薫

※2016年10月27日に「TOFUFU」で掲載しました