決めて欲しい人が望むこと
では、社員にしろ我が家のゴリラにしろ、判断を任されることが好きではない人はそもそもどうして欲しいのだろう。
多分、彼らが望んでいるのは「気持ちよく手を引いてもらうこと」なのかもしれないと思っている。
特に『決める人』の判断に信頼を置いていたりする場合その傾向が強いように感じる。
例えば、手を引いてもらえないことに不満を覚えて会社を辞めたという友人。
就職した頃は、憧れの人の下で働ける!と喜んでいた。しかし、期待したよりもその人が放任主義だったのでガッカリしたと言っていた。
気持ちよくリードしてもらえるかどうかというのは、『決めて欲しい人』にとってはかなり重要なことなのだ。
そしてうちのゴリラもその傾向がある。
例えばNETFLIXで一本映画を選ぶ仕事を任されても、彼は必ず私に最終的な意見を聞いてくる。
彼はほっとくと恐ろしいほどテンポの悪い謎のラテン系ホラーなどをガンガン選んでしまうので、選択に自信がないのだ。
一方私は、映画オタクだったためクソ映画経験値が高い。
したがって、大概のクソ映画は観る前になんとなく予測がつくことが多い。
「あらすじが平凡、どこ使おうか編集に悩んだっぽいうえに、見せ場の全てを詰め込んだであろう予告編…。見えます、情熱だけでストーリーを押し通す展開が…!観るなら期待値を半分下げるのが吉でしょう!」
なんて雑なアタリをつけてみると、80%位は当たっているのでなかなかバカにできない。
つまり映画を選ぶ時の私は、彼にとって頼りにしている占い師みたいなものなのである。