出会いがないのですが「ホントに出会える場所」ありますか?/中川淳一郎

本当に出会える場所 Alasdair Elmes

今回のテーマ「出会いが欲しいときにすべきこと」
これだけ世の中に男性がいるのだから「出会いがない」のはウソだと分かりつつ、それでも学生時代に比べれば、恋愛に繋がる出会いが減っているように感じます。出会いを求めるアラサー女子はココに行け!という場所や、出会い方があれば教えてください。

男女の出会いがなかった学生時代

このお題自体がよく分かりません。私は学生時代、男女の出会いなどほぼなく、むしろ社会人になってからの方が恋愛(時には単なるエロ)に繋がる出会いはウジャウジャと増えました。そして、男は女性と会えるのであれば、男友人にウソをついてでもそちらをキャンセルし、女性に会いに行くものです。それだけ女性との時間は嬉しくて仕方がないものなのです。

さて、私は東京・三多摩地区の男7:女1といういびつな男女比の一橋大学に通ったせいもあり、大学時代に女性と飲むことなどほとんどありませんでしたし、同級生にも恋人がいる男などあまりいませんでした。しかし、このいびつな男女比であるがゆえに、女子学生はかなりの割合で恋人がいたように思います。自分が入っていた登山のサークルの場合は、近くの津田塾大学との合同サークルだったため男女比は2:1でした。ここの女性のうち、半数ほどは同サークルの男と付き合っていたように記憶しています。私はまったくモテませんでした。

私は同時にプロレス研究会で学生プロレスをしていたのですが、4年生のとき、部員9人(全員男)中、全員が彼女ナシ、ということで、当時出していた発行部数500部(キャンパス内学生数2000人にしては多い)の会報誌「プロ研スポーツ」の表4(裏表紙)に広告を打つことになりました(といっても掲載料は無料)。編集長はリングネーム「うじきよわし」こと現・千葉商科大学専任講師の常見陽平氏だったのですが、この広告コピーは「我々一橋大学世界プロレスリング同盟(HWWA)はこのたびめでたく彼女いない率100%を達成しました! 我々と合コンしてくださる心優しき女性を募集します!」というものです。

真の出会いは社会人になってから!

今回のお題についてはもしかしたら「学生時代にチヤホヤされ過ぎた稀有な体験をした女性」の実感なのかな? とも思うのですが、キチンとお題に従って話を進めようと思います。

私は学生時代にさまざまな出会いがあった女性というのは、当時チヤホヤされ過ぎたんじゃないかな、と思っております。私は慶應義塾のサークルにニセ慶應生としてもぐりこみ、川村女子大の人と知り合いになることもありました。当然ニセモノであることはすぐにバレるわけで一度しかその会合には行かなかったです。ただ、その唯一参加した会合で慶應の男どもが川村女子の学生にモーションをかけるわけですよ。

「○○ちゃん、かわいいね」「○○ちゃん、二次会行こうか」みたいなことを慶應のスケコマシ野郎は言うわけですね。そういえば慶應絡みでもう一つビミョーな思い出が…。随分前に、慶應出身の友人の結婚式に出たんですよ。そうしたら「塾生前へ~!」というコールがあり、私は「塾生(笑)」ではないものの、友人を祝いたいから前に行ったら、『陸の孤島』とかいう歌を肩を組んで歌うことになりました。いや、失礼、『陸の王者』ですね。

知ったこっちゃねーよケッ、と思うのですが、このときの隣にいた女性の私への発言がなかなかの破壊力ですわ。

「あなた、慶應出身者じゃないでしょ? 出ていって!」

確かに私は慶應出身ではありませんが、結婚式の主役たる男性とは多分お前らよりも何度も会ってるし、ヤツと過ごした時間はお前らよりも圧倒的に多いからなオラ! 的ゴーマンさもあったため、「まぁ、参加してもいいかな」と思ったのですが、まさかの排他的対応。彼の結婚を祝いたい、という一念でここは繋がっているのだから多少の脱線ぐらいはいいんじゃねーの? というのは一切なく「あなたは慶應ではない」ですべてが終了。

こんな保守的過ぎる姿を見た瞬間、私は「学生のときの男女の出会いなんてもんはロクなもんじゃねーな」ということを把握しました。だからこそ、今回のお題である「アラサー女性」の出会いの場、ということはまっとうな問題意識だと思います。断言します。学生時代の出会いなんてクソです。真の出会いは社会人になってからです。だから、学生時代のつまらんヤツとあなたはずるずると付き合い、結婚しないで良かったですね、と言いたい。