母は毒親だったのか?妹だけ可愛がる「憎らしい人」/妹尾ユウカ

“妹尾ユウカコラム

「拝啓、憎らしい人へ」

「憎らしい」という言葉は憎さを最大限に表現したものだそうですが、現在、私たちが口にする「憎らしい」はその本来の意味から形を変え、"憎悪"と"愛"が混在した言葉のような印象を受けます。

そういった意味で(日本語としては間違った意味で)みなさんにとって憎らしい人とはどんな人なのか。"憎悪"と"愛"という相反する思いを抱かせてくれた人は誰なのか。そんな話を書くことで、読んでくださる方が大切な人を思い浮かべるきっかけになればと想い、SNSにて募集をかけました。

今回はTwitterのダイレクトメッセージに届いた、とある女性の「憎らしい人」の話をしたいと思います。

私には厳しく、妹には甘かった「憎らしい母」

「妹には甘く、私にはとても厳しく接する。母はいつもそうでした。"厳しく接する"という言葉では足りないほど厳しくて、激しくて。よく怒鳴られたり叩かれたりしたことを覚えています」

彼女がピアノの演奏を間違えると、母は「やる気がないならやめなさい」と怒鳴りつけ、何度も頰を叩いたり、ある日は彼女の三つ編みを掴んで突き飛ばしたりもする反面、練習を全くしない妹に対しては、怒鳴ることなどなかったらしい。
そんな母であっても彼女はどうにか気を引きたくて、子どもながらに小さなお手伝いをしたときもそう。食事の後、キッチンにいる母へお皿を渡しに行くと、母は目も合わさずにガサッと奪ったが、同じことをした妹からは「ありがとう」と言って優しく受け取り、頭を撫でた。

どうしてこんなにも対応が違うのか。幼い頃には分からなかったし、今でも分からないと彼女は言う。そして、今さら聞くこともできないと。

母の35歳の誕生日、彼女が10歳の夏休み。母は自宅で亡くなった。死因はくも膜下出血だった。この日、朝早くに目が覚めた彼女がお布団の中で手遊びをしたり、大きく寝返りを打ったりして遊んでいると横で寝ていた母が目を覚まし、笑顔で「まだ早いよ〜。もうちょっとねんねしとき」と言って背中をトントンしてくれた。

母の死は、普段は向けられることのない笑顔、優しさ、あたたかい視線に10歳の少女が「今日はいい日になりそう」と胸を弾ませた直後の出来事だった。

それから彼女は祖母に引き取られ、愛情をたっぷりと受けて無事に成人を迎えた。

「正直、今でも母に愛されていたのか分からないときがあります。モヤモヤして悲しくなったりもするし、最近、よく耳にする"毒親"という言葉には敏感で、その特徴を母と照らし合わせてしまう。けれど、お別れの日に笑顔で私の目を見て背中をトントンしてくれたことを思い出すと、『私は母から愛されていた。大丈夫、大丈夫』そう思えるんです」

娘である彼女が疑うほどだから、傍から見れば彼女の母親は毒親だったのかもしれない。これは彼女が大人になってから、祖母から聞いた話だが、母は彼女が自分になかなか懐かないことに悩み、泣きながら祖母に相談したことがあったらしい。

そして、そのことを知った彼女は「私が昔から祖母にばかり懐いていたから、母に懐く妹の方をよく可愛がっていたのかな。私が祖母に懐くにつれて、母は私との接し方がどんどん分からなくなってきてしまったのかもな」そう思ったそうだ。