君はヒロインなのだから

連絡したくてどうしようもない私と、もう隣にはいない君へ/葭本未織

つらいのに幸せな振りをするのはなぜ?

女性が夕暮れを浴びる画像

記憶がない。目が覚めると部屋が大惨状だった。昨日の夜のことを思い出す。ふだんはしない晩酌をした。いただきものの美味しい日本酒を飲んだ。記憶はそこまでだ。
流しにコンビニパスタの残骸があって、いつの間に買いに行ったのか思い出せなくて、頭をかかえる。まじかーと、情けない声が出た。

記憶を失う女の話をよく書く。物語の筋はこうだ。
あまりにも大きすぎる痛みに突然襲われた女が、事実に向き合えず、上手に記憶に蓋をする。そしてへらへらと笑っている。私はいつだって幸せで元気です。そう口角をきゅっとあげて、身振り手振り、あたかも自分が幸福の象徴であるかのような振りをする。女たちは私だ。

「どうしてこんなに分析的なのに、自分の感情を抑えられないのか」と言われたことがある。「どうしてそんなに賢いのに自分の感情を抑えられないのか?」とも。

そんなのまったく関係ないじゃん。徒競走が早い人にも同じこというの? とびぬけて絵やダンスが上手い人にもそういうこと言うの? 私が分析的なのと、私が感情を抑えられないのは全く別の話でしょ! と、言いたいのを飲み込んだ日から、私の中には二人の私がいる。文章を書いたり考えたりする賢い私と、いつでも甘えて泣きわめいているだらしない私。

「なんででしょうね?どうしてこんなにつらいのに、幸せのふりをするんでしょう?」とだらしない私が尋ねると、大変賢い私が答えてくれる。
「それはね、傷つけられたことを受け入れたら、受け入れたと周囲に認知されたら、君は【傷つけられるのにふさわしい人】になってしまうからだよ。」
そうです、私、怖くてしかたないの。

毎日飛び込んでくるニュースは被害者に厳しい。そうでなくても生きてきて、傷つけられた人が傷つけられた後どんな目に遭うか、私はよく知っている。ねえ、君も知ってるでしょ。
世間――個々の名前は無い、ぼんやりとした集合体。いつもずっしりと私の肩にのしかかっている。分厚い手。もしもそいつらに傷口をほんの少しでも見せたなら、こいつは傷つけていい人間だ、と、よってたかってなぶられる。
だから、どんな時も、傷つけられたなんて分からないように「振舞わ」なきゃね。口角をきゅっとあげなきゃね。目に光をたくさん入れなきゃね。行儀の良い歯を空気にさらさなきゃね。
はい、大きな声で。

「私ものすごく幸せです!」

光り輝く舞台の下の、奈落のような暗闇の中から、ぱらぱらと聞こえる拍手。いたぶれない人間に世間は興味がない。投げやりなその手を見て安堵する。
よかった、最後の最後まで、私は演じきるからね。だって私の人生は私だけの舞台だから。そうして、不実な観客の下卑た笑いを見ないように蓋をして、偽物の物語が続けられる。
……だけど、これって誰のためのおはなしなんだっけ。

文章を書いたり考えたりする賢い私と、いつでも甘えて泣きわめいているだらしない私。後者に「賢くない」という形容詞をつけようとして、それはあんまりだよ、と、二日酔いの目から涙が出た。どうして? ってそんなこと、もうわかってるでしょ。私が私にささやく。

だって、甘えたですぐ泣くだらしない私、これが私の核だからだ。

認めてしまった、怖い。ぼんやりとした世間が、私のことを殴るのではないかと震える。だらしのない女、最悪の女、頭の悪い女、傷つけてもいい女。だけど、見ないことの方がもっと怖い。固く閉じた蓋はいつかあふれてこぼれる。そういう物語を書いてきたでしょ、そしてこれからも書き続けるんでしょ。と、私は私に告げる。ねえ、物語を信じて。

いやそもそも、二人の私ってなんだ。私は「私」一人だ。書くことと分析的な思考は、思うように口が回らなくて悔しかった思春期に、死ぬほど努力して得た力だ。それは私のやわらかな核を丸くつつんでいる。
真珠だ。私は真珠なのだ。小さな核ときらきらと光るコーティング。それでひとつの完成された「個」なのだ。
この力は私を守るためにある。けして、私を分断するためじゃない。
役に立つ、とか、立たないとか。良い子である、とか、良い子じゃない、とか。賢い、とか、賢くないとか。私という混濁した、割り切れない複雑な一人の人間を、分断するな。

私を分断するなよ、私。