自分探しだったり、自分の居場所を求めて彷徨い続ける人を鼻で笑う人がいるかも知れない。
だが、とことん存在を否定され、家庭でも学校でも行く宛てを失い、孤独に打ちひしがれた人が必死に求めることを、どうか笑わないであげてほしい。
そんな主人公が涙を流し続ける『ムーンライト』が自分とは全く関係ないと言える人は、よほどの幸せ者だろう。
今年の米アカデミー賞で“受賞作品の読み違え”という前代未聞のハプニングで広くタイトルを知られることになり、『ラ・ラ・ランド』を押しのけて作品賞を受賞した本作。
プロデューサーとして『それでも夜は明ける』でも作品賞を獲得したブラッド・ピットが製作総指揮を務め、長編2作目となるバリー・ジェンキンスが監督を手がける。
主人公・シャロンを3つの時代に分けて3人の俳優が演じ、その母親・ポーラ役に『007』シリーズのナオミ・ハリス、麻薬ディーラーのフアン役にマハーシャラ・アリが名を連ねる。
「泣きすぎて、自分が水滴になりそうだ」
物語は三部構成で、シャロンの少年期“リトル”、ティーンエイジャー“シャロン”、成人期“ブラック”とそれぞれの時代の呼び名がタイトルに使われている。
1980年代のマイアミで、黒人で、貧乏で、ゲイ。多くの日本人には馴染みのない世界でも、シャロンの心情になぜこうも寄り添うことができるのか。家庭は荒れ果てて、クラスメイトは暴力で阻害してくる。
そんな地獄のような日々でも唯一の光を照らしてくれるケヴィン。彼と眺める月明かりのシーンは、目が閉じても浮かび上がるくらいに美しい。そこで「泣きすぎて、自分が水滴になりそうだ。」と感情を吐き出し、その絶望の中の希望がシャロンの眺める景色の中で描かれる。
それは場所も時代も関係なく、“美”は時としてすべてを超越してくる。過酷な運命に負けることなく、色彩豊かな映像美が優しくシャロンの陰を明るく照らしてくれている。
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