バンドをやればモテる…?「青春」すべてを封じ込めた音楽映画『シング・ストリート 未来へのうた』

たけうちんぐ シング・ストリート 未来へのうた ジョン・カーニー
©2015 Cosmo Films Limited. All Rights Reserved

 青春は美しいものばかりじゃない。いつも何かに悩み、苛立ち、嫌気がさしている。振り返ると身の毛もよだつ黒歴史がある。昔書いた日記は基本的に二度と読みたくない。

 14歳のコナーの青春はまさにそれ。世の中は不況の嵐で、家庭は崩壊し、学校ではいじめられる。理不尽な規則や暴力に抵抗し、どうしようもない運命を呪っていた。
そんな最低な日々でも唯一、輝きを止めないものがあった。それが彼にとって音楽であり、恋だった。
まるですべての“青春”を肯定するかのように、1980年代のブリティッシュ・サウンドの煌めきに満ちた青春映画の決定版が海の向こうからやって来る!

『ONCE ダブリンの街角で』、『はじまりのうた』で音楽映画の監督として立て続けに好評を得たジョン・カーニーが、さらなる音楽映画でとどめを刺す。
今まで以上に音楽に寄り添う、自身の青春時代を封じ込めた半自伝的作品が誕生した。
主人公の少年・コナーを演じるのは、アイルランド全土で半年間にも及ぶ数千人のオーディションから選ばれた、フェルディア・ウォルシュ=ピーロ。彼をはじめ、強烈な個性を兼ね揃えたバンドメンバー全員が本作で長編デビューとなる。
ヒロイン・ラフィーナを『ミス・ポター』のルーシー・ボーイントンが演じ、初々しい面々が集うことで実体験に基づく青春映画に鮮やかな息吹をもたらす。
一言で言うと、全員冴えない。垢抜けていない。それが満たされない青春の描写に説得力を与えています。

ロンドンとの“距離”が生み出すコナーとラフィーナの想い

たけうちんぐ シング・ストリート 未来へのうた ジョン・カーニー
©2015 Cosmo Films Limited. All Rights Reserved

 青春のすべてを封じ込めるなら避けて通れない問題がある。それはイタさゆえのダサさ。
今でいう中二病的発想のオンパレードで、大人たちはそれを観て笑いながらも己自身の黒歴史を思い出すことになる。
好きな女の子を自分のバンドのミュージックビデオに出す、という暴挙はイタさを通り越して可愛らしい。

 1985年はMTVが生まれた年。ちょうど“MV元年”というべきかイメージビデオ風のミュージックビデオが流行り出した頃だという。
その初期衝動に乗っかり、好きな音楽に好きな子を絡めようとする中二的発想に鳥肌が立つ。でも、等身大よりも少し背伸びしているくらいがちょうどいい。
この世界から抜け出したい。今の自分に満足できない。それこそ青春時代にしか感じられない情熱なのだ。
コナーはもちろん、ラフィーナだって同じ。田舎町で80年代流行のメイクをばっちりキメて、物憂げそうに退屈な風景を見つめるのも結構イタいが、メイクが取れると等身大の10代の姿をしている。

 ロンドンではなく、舞台がアイルランドであることがコナーとラフィーナの想いを強くさせる。海の向こうに微かに見える世界に憧れ、その“距離”こそが本作の情熱を生み出している。
恋愛も同じ、簡単には手に入らないからこそ近づこうとする気持ちに拍車をかける。