最低最悪な旦那でも憎めない理由

「俺がお前の絵を売るから、お前は絵を描いていればいい」

 これだけ聞くと、まるでプロデューサーとアーティストの関係です。でも、実態はまるで違う。夫と妻という関係を利用し、アーティストの権利を支配し、世間を欺く。社会的にも家庭的にも極悪。
来る日も来る日も絵を描かせることで、精神的に追い詰めていく。やがてマーガレットは自分の描く大きな目にも恐怖を感じ、ノイローゼになっていく。

「描かせる」という新手のDVで、世の女性を全員敵にまわすウォルター。だからこそ、彼の嘘がどんどんバレていく様は痛快です。
いくら絵が好きとはいえ、その才能と情熱を利用するなんて許しがたい行為。それでも、どこか憎めないのはクリストフ・ヴァルツのせいです。

たけうちんぐ 映画 死ぬまでには観ておきたい映画のこと ティム・バートン エイミー・アダムス クリストフ・ヴァルツ ダニー・ヒューストン ジョン・ポリト クリステン・リッター ギャガ BIG EYES ビッグ・アイズ DV 夫婦 Big Eyes SPV, LLC. All Rights Reserved.

『イングロリアス・バスターズ』『グリーン・ホーネット』『おとなのけんか』などで彼が演じるキャラクターは毎回腹立たしいけど、どれもピュアな欲望に掻き立てられている。
悪意がないとまで言わないが、成功するために手段を選ばない。“デキる男”であることには間違いない。
そんなカリスマ性にマーガレットが惹かれてしまったのが運の尽き。自分が軟禁される分、世間は自分の絵に拍手喝采する。動き出してしまったストーリーに歯向かえない。

 夫の嘘に翻弄されていく世間の恐ろしさと、それに従わざるをえない自分。
マーガレットはどのように立場を逆転させるのでしょうか。そこに多くの女性の共感を生み、反旗を翻す彼女に「もっとやれ!」とついていきたくなるはずです。

嘘で真実が塗り替えられる“新しいファンタジー映画”

 この実録DVのストーリーは、ティム・バートン作品なのにファンタジーもクソもない。
『シザーハンズ』のシザー部分だけがグサリとマーガレットの心を突き刺して、毎分毎秒延々とえぐり出す。
『チャーリーとチョコレート工場』のチャーリーもチョコレートもない、ただ量産していくだけの“工場”と化した彼女の苦悩が実話だなんて。想像するだけで息苦しくなる。

 この映画に唯一ファンタジーを探るとしたら、それは〈ビッグ・アイズ〉に魅せられた人々の心に宿るものかもしれない。
ウォルターの嘘が真実を歪める。人々を扇動する。景色を変えていく。ある意味、VFXに頼らない“新しいファンタジー映画”と言える。

たけうちんぐ 映画 死ぬまでには観ておきたい映画のこと ティム・バートン エイミー・アダムス クリストフ・ヴァルツ ダニー・ヒューストン ジョン・ポリト クリステン・リッター ギャガ BIG EYES ビッグ・アイズ DV 夫婦 Big Eyes SPV, LLC. All Rights Reserved.

 冒頭、〈ビッグ・アイズ〉が何枚もコピーされていく印刷工場を映し出す。それは幾多にも重ねられる嘘が、その数によって説得力を増していく恐怖にすら思える。
ウォルターが名声を利用して、真実を打ち明けるマーガレットに「彼女は正気を失っている」と語るのがまた恐ろしい。

 真実=原画がどこにあるのか、〈ビッグ・アイズ〉の大きな瞳がそれを見極めてくれるのか。
マーガレットが劇中に語る、「目は感情をもっともよく表現する」とは一体どういうことか。

 言葉で嘘がつけるとしても、絵で嘘はつけない。文化は文化で制する。これが“文化系DV”に決着をつける、唯一の手段なのかもしれません。