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「弱いところが可愛いね」なんて可愛がられ方もうやめだ

長井短の画像

10月なのに寒すぎて参りますね…秋は一瞬しかないけど秋服は膨大にあるし、秋服はとにかく可愛い。着たいのに着るタイミングがわからないジレンマの中で、あたくし26歳になりました!! やった?! 「26歳」って今までの自分の年齢の中で一番しっくりきている感じがして、しっくり来すぎて誕生日の2週間くらい前から「26歳です」って自己紹介してたくらいなの。なんでかわからないけど本当に嬉しい年齢で、同級生たちと「いよいよガチでアラサーだね」って笑うのも楽しい。だけどどうしてこんなに嬉しいの? かたや誕生日に怯えている同級生もいて、あれ? この違いってなんなんだろう? ってなわけで、今月は年齢について考えてみます! ハッピーバースデイ我々!!

「劣っている」でのコミュニケーション

歳をとるのが嬉しいなと感じ始めたのはいつからだろう。20歳になった時は
「これでいよいよ大人だ」って思って、足がすくんであんまり嬉しくなかった。当時の私は仕事先で最年少なことが多くて、そのポジションが大好きだったから、多分21になる時も22になる時も誕生日はあまり嬉しくなかったように思う。だってやっぱり、最年少のうちは何もできなくても許されるし、なんなら「できない」が後輩の仕事だったりもするのだ。それに、ちょっと生意気な口をきいても「ッッッおもしれー女…(微笑)」みたいな空気になる。「おもしれー女(微笑)」って超便利で、これがあれば大抵の無作法はなんとかなる。
「先輩達よりも劣っていること」を掲げながらのコミュニケーションは、みんなが優しくしてくれて楽しかったけど、ほんの少し、自分に対して罪悪感があった。それが葛藤の23歳。

考え方が変わったのは、24歳の時だった。今までは嬉しかったはずの「若手扱い」に急に腹が立ったのだ。「あれ? これってもしかして、子供扱いされてナメられてない?」と感じたのは、先輩に連れていってもらったゴールデン街の店で隣に座っていた知らないおじさんに「もっといろんなものを見たほうがいいよ」って三十回くらい言われた時で、うるせえまずお前は自分の言ってることをちゃんと聞け、そして何度も同じ台詞を言ってるってことを理解しろ。相手が若いとわかると自分を全知全能の神だと勘違いする大人は今までにもいた。それがなんとなく嫌だな、退屈だなとは思っていたけど、その気持ちがこの時明確になったのでした。

それと同時に「わからない」とか「できない」とかでコミュニケーションとるのって違うなって思った。わかったりできたりするほうが楽しいかも。それに加えて、私の中には郊外のヤンキーみたいな面も潜んでいるから、「ナメられたくねえな」と思った。「24歳か?若いねぇ?いいねぇ?」よりも「え?!24?!もっと上かと思ってたよ!」の方が、なんか、かっけー気がし始めたの…恥ずかしいけど……

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