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  • 2017.10.12

「普通の人がいい」・・・好みの人に飛び込めていたあの頃にはもう戻れないのか

恋人に求めるものは千差万別ですが、中でも多く耳にするのは「普通の人」という答え。しかし、「普通」と判断する基準は曖昧で複雑です。年齢によって変化する価値観と思い描く未来。あの頃の「好きなら何でも許せる」ような恋愛はどこへ行ったのでしょう。

恋人は「じゃない人」がいい?

暗い屋内で佇む女性の画像
by Pixabay

 「恋人に求めるものは?」と訊かれたら、あなたはどう答えるだろう。
10年前のわたしなら、「頭が良いこと♡話が面白いこと♡できれば顔はw-inds橘慶太似♡」と即答していたと思う。しかし、現在アラサーのわたしは熟考した末に、いくつかの条件を挙げることになるだろう。ほとんど「~じゃない人」という形で。

普通の人はどこにいる?

 ここ数年、あちこちで「普通の人でいいのにな」なんて声を聞くようになった気がする。さて、普通の人とはどんな人だろう。
「顔もスタイルもずば抜けて良くなくていい。普通に働いてて、普通に感じのいい人なら」。大抵はこのように返される。ぼやっとしているが、言いたいことはなんとなく分かる。まぁ「吉沢亮や白石麻衣クラスを望んでいるわけではない」ということぐらいは。
でも、わかる。わたしも普通の人と付き合いたい。ただおそらく、わたしの思う『普通の人』と、彼らの中の『普通の人』は全くの別人だ。

 普通で良いとは言いつつも、自分の中に「恋人選別用のハードル」がいくつか設置されているように思う。それは収入だったり学歴だったり、あるいは容姿やコミュ力かもしれない。そして恋人候補には、それらのハードルをすべて飛び越えてもらわなければならない。だから、収入ハードルを高さ2倍で飛び越えても、容姿ハードルを惜しくも倒してしまえば失格だ。
ギリギリでもいい。すべてのハードルを飛び越えて見せて、初めてその人にとっての『普通の人』に認定されるのである。『普通の人』=すべてのハードルにひっかからない、「〜じゃない」の集合体である。

 別の言い方をすれば、すべての教科で平均点を取れる人。ひとつも赤点のない人だ。容姿が100点、マナーが20点の総合120点より、容姿50点、マナー50点で総合100点の方に軍配があがる。要は欠点という欠点のない人なのだが、これがなかなか難しい。科目の数も採点基準も、その人によって違うからだ。
そもそも欠点のない人は、本当に『普通の人』なのだろうか?

 以前、知人女性に男性を紹介したことがあるのだが、「どうしても学歴が気になって」とカップル成立には至らなかった。学歴を気にするだろうとは思っていたので、彼女と同レベルの大学出身の男性を推したのだけど、彼女にとっての「普通の学歴」は、元彼が卒業した有名私立大学以上を指していたようだ。それはさすがにわからなかった。これがいわゆる、わたしと彼女がそれぞれ思う学歴ハードルの高さの差である。

 容姿の面ではさらに難しい。ぽっちゃりの定義、雰囲気を容姿に含めるか否か、背丈、ファッションセンスやそのジャンル。これらをクリアしたとしても、「なんとなく嫌いな (好きな)顔」なんてのもあったりするから、会うまではもう賭けでしかない。

欠点を帳消しにできる恋

 昔は、たったひとつの長所ですべてを帳消しにする恋ができていた気がする。
理想の恋人の条件を、「頭が良いこと♡話が面白いこと♡できれば顔はw-inds橘慶太似♡」としていたわたしも、当時、橘慶太に瓜二つな先輩が目の前に現れたとしたら、彼が九九を言えなくても許しただろうし、話題が漫画『ワンピース』のみでも恋に落ちただろう。『ワンピース』もその日に全巻購入すると思う。でも、今は怖い。掛け算ができない男が日常にきたす支障が、一瞬で頭を駆け巡ってしまう。

 大人になると想像力がしぼむと言われるが、未来に待ち受けるリスクへの想像力は、膨らんでいくのではと思う。自身の経験や、周囲の話を聞くことで知識を得た末のことだから、決して悪いことではない。だけど、それらと引き換えに、先の見えない未来にえいやっ! と飛び込む勇気を失ってしまったような気がする。想像のつく未来がほしい。思い描いた普通の未来を乱さない、普通で安心のできるパートナーも。

 先日、友人たちと理想の「じゃない人」話題で盛り上がった。「連絡がマメ過ぎない」「でも放置しすぎない」「依存体質ではない」「ギャンブルはしない」など様々な条件が挙がる中、「SNSのフォロワーが多すぎない人」という条件がほぼ全員の同意を得ていた。
わたしもわかる~!と笑っていたし実際わかるのだけど、自分のTwitterのことが頭に浮かんで冷や汗をかいていたことは、友人たちには内緒にしておく。

Text/白井瑶

次回は<女の友情はもろいのか?彼氏を友人から奪われたときを考える>です。
「女の敵は女」とはよく聞く言葉ですが、「女は友情よりも男を選ぶ」というのは本当でしょうか。恋愛が絡むと女性の友情はややこしくなるもの。時には「愛されること」を求めるあまり、彼氏を奪った女友達を憎んでしまうことがあります。「愛されること」に囚われた女性の心を白井瑶さんが解き明かします。

ライタープロフィール

白井瑶
ゆとりのアラサーOL。
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