喫茶店のゆったりした椅子に向かい合って座った時、私はようやくまこさんの顔を見た気がしました。
待ち合わせ場所での印象は驚くほど薄くて、きっと自分で感じているよりも緊張していたんだと思います。
新宿の靖国通りは昼間も人が行き交っていて、喫茶店まで視界の端で彼女を捉えながら、はぐれないように歩こうと精一杯でした。何か他愛のないことを違和感なく話せていた気がするけれど、何を話したのかははっきり覚えていません。
何も考えずにまこさんが居る方の肩にバッグを掛けてしまって、それを直せないまま、この後ホテルに行くことが決まっている初対面の女性と、どういう距離感でいるのが適切なのか考えていました。

お洒落で笑顔の大きい人だな、というのが第一印象です。
笑うと目が細くなって、きれいな歯が見える人だと思いました。
そして、ショーケースからデザートを選んでいる時も、お互いの紅茶とケーキを少しずつ交換する時も、いま、私たちは幸せなことをしているのだと、ひとつずつ教えてくれるように、その笑顔を見せてくれるのです。
これがわざとらしかったり、気を遣われたりしている感じが少しもなくて、レズ風俗のプロのお仕事を目の当たりにしているんだと感動しました。

しかし、だからこそデートの時間に仕事について訊くのも話すのも野暮に思えて、代わりに化粧や洋服を話題の取っ掛かりにしました。初対面でまだ人となりを知られていないから、かえって自由に話せたのかもしれません。
まこさんはお洒落で博識で、話せば話すほど、自分の美的感覚を持っているのが面白くて、私も自然と化粧品や洋服の話で笑っていました。二時間経つのも忘れるくらい夢中で。

話しているうちに、今日着ている服も、メイクも、デートのために選んでくれたのがわかってしまって、じんわりと照れたようなうれしさが広がりました。
知らんぷりしていたけれど、私だって実はそういう行為の楽しさも、煩わしさも、知っているのです。そして、それを私のためにしてきてくれたのが、とても嬉しかった。

ホテルに向かう途中で、豪奢な入浴剤を買いました。
私はお風呂が好きで、まこさんは化粧品が好きで、そのお店にはありとあらゆる入浴剤やアイシャドウや香水があったから。
目が回るようなカラフルな店内で、肩を寄せ合って、時折腕を絡めながら選んだ入浴剤は、ホテルの湯船で溶かされて、広がったラメが私たちの体を隠しました。

ベッドの端で向き合って、残った気がかりは、彼女に内心嫌がられることでした。
「嫌だと思ったらちゃんと言うから、たまちゃんも言ってね」
きっと、「嫌なことなんてない」と言ってくれたら気休めに感じてしまったから、そう言われてほんとうに安心しました。
簡単に安心したのもなんだか恥ずかしかったけれど、実際には嫌がられることをしてしまうほど能動的になれるわけもなく、ほかのあらゆる恥ずかしい気持ちも全部、安心して彼女に委ねました。

驚くべきことに、ベッドの上で私の体はものすごく簡単でした。
自分の体がこんなにも気持ちよくなれることが愉快で笑い、私が声を上げて笑うと、彼女も笑いました。
最初はどこまでもゆっくりキスをしてくれることや、優しく触れてくれるのが申し訳なかったけれど、笑ったり気持ちよくなったり見つめ合ったりしているうちに、自分が大事にされてもいい人間なのかもしれないと思えてきます。

恐る恐る抱きついたまこちゃんの体は、細いのにしなやかで強くて、繊細で柔らかくて、女の人って素晴らしい生きものなんだと知りました。
まこちゃんが差し出してくれた胸に触れながら、彼女と同じような形をした自分の体がいいものみたいに思えて、とても誇らしい気持ちでした。

すっかり満ち足りてシャワーを浴びていたら、浴室の鏡に女性の裸が並んでいて、つい「不思議だあ」と緩んだ声が出ます。
まこちゃんも「不思議だねえ」って笑いながら体を流してくれて、いま思えば彼女には見慣れた光景なのに、その時の私は完璧に無防備になっていて、まだ何も知らない母親に共感してもらっている子どものようになっていました。

お湯を抜いた後、浴槽に残ったラメでまこちゃんが猫の絵を描いて、それからシャワーで流しました。
なんだか海から帰る時みたいで、体も心も心地よくくたびれてあたたまっていて、うれしくて、さみしくて、あの光景をきっと私はこれからなんども思い出すんだと思います。

すっかり心がとろけたとっておきのタイミングで「お誕生日おめでとう」と言ってくれたまこちゃんの笑顔も。