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すみれ色――失くしてしまったものは、ここにあるものよりも、はるかに私の気持ちを強く誘い寄せる/姫乃たま

自分を好きになってくれない人や身勝手な人ばかり好きになり、不安定な恋愛関係に陥ってしまう女性たちへ。
「私は最初から私を好きじゃなかった」――自己肯定感の低い著者が、永遠なるもの(なくしてしまったもの、なくなってしまったもの、はなから自分が持っていなかったもの)に思いを馳せることで、自分を好きになれない理由を探っていくエッセイ。

永遠なるものたち023「すみれ色」

頭を抱える画像 Alex Loup

 すみれ色のイヤリングを失くしてから、すみれ色のワンピースを買って、すみれ色の靴を買って、髪もすみれ色に染めました。
失くしたイヤリングのことがずっと、頭から離れないのです。
 イヤリングは本物の花でできていて、淡いすみれ色の透き通るようにうすい花びらが、真っ白なかすみ草と一緒に揺れていました。
 デパートの一角でそれを見つけた時、私の胸はいっぱいになって、買ってからしばらく身につけられないほどでした。もったいないような感じがしたのです。それで机の上に飾っておいて、時々原稿を書く手を止めてはためつすがめつしていました。
 それをようやく耳につけて出掛けたその日に、あっけなく紛失したのです。あんなにどきどきしていたのに。まだ一緒にいろんなところへ行きたかったのに。

 夏の始めの、軽やかな夜のことでした。
 すっかり暗くなった帰り道の向こうで、コンビニの窓がこうこうと光っています。その様子が深夜の冷蔵庫みたいで、通りすがりになんとはなしに覗き込むと、少しはやめの花火が並んでいました。
 私はもう大人だから、いつでも、ひとりでも、手持ち花火ができます。そのことが誇らしい気分で、やけに賑やかなパッケージの花火と小さなライターを片手に、小さな公園まで歩いて行きました。
 火をつけると、花火はじりっと音を立てた後、一瞬無音になります。ちゃんと火はついたのか。なにかの間違いでこちらに飛んできたりしないだろうか。瞬時に高まった期待と不安をかき消すように、長い火花が弾けて、私の手元だけを眩しすぎるくらいに照らします。
 すぐに辺りは暗闇に戻って、白い煙の漂うのがかすかに見えました。
 しばし放心してから、わあっと気持ちが高揚して、今度は花火から花火へと、火を絶やさないように繋いでいきます。もったいつけていると火が消えてしまうので、豪快になるのが肝心です。
 すっかり夢中になっていたら、外国人の男の子がふたり話しかけてきて、それから通りすがりの大学生たちも加わって、少しだけはやく夏が始まりました。

 そして翌朝、イヤリングは失くなっていたのです。

 バッグの中にもありません。枕元にも落ちていません。もちろん机の上のいつもの場所にも、イヤリングはありませんでした。
 小さな公園にも行きました。花火を買ったコンビニにも行きました。店員さんは心から気の毒そうな表情で親切にしてくれたけど、夜と違って、昼間のコンビニはどこかよそよそしい感じがしました。

 もしかしたらと思える希望がひとつずつ消えていって、代わりにイヤリングを失くした事実だけがくっきり鮮明になっていきました。怖いような、心細くかなしい気持ちでした。
 手づくりで、ほかに同じものはないのに。それを失くすなんて思ってもみなかった昨日までの自分が、ひどく能天気で恐ろしい人間に思えます。

 もしかしたら花火をしていた時、すでにイヤリングは私の耳元から消えていたかもしれません。そうだとしても私は笑っていたのに、イヤリングをなくしたとわかったいま、全く違う世界にいるみたいでした。
 失くしてしまったものは、ここにあるものよりも、はるかに私の気持ちを強く誘い寄せます。
 私は自然と昨日まですみれ色のイヤリングがあった場所を見つめていました。いまはもう何もない空間です。
 すみれ色のイヤリングが失われた世界ではなくて、なくしたイヤリングを中心に世界がぽっかり広がっているようでした。

 インターネットで同じようなイヤリングを探したけれど、探せば探すほど未練がましい気持ちになって、そうすると今度は失くしてしまった罪悪感が胸を締めつけました。おまけにどのイヤリングも、失くしてしまったイヤリングよりは魅力的に思えなかったのです。
 次第に疲れてしまって、馬鹿げてると思いながら「すみれ色」を検索しました。検索結果の中から記憶のイヤリングに一番近い色をクリックすると、画面いっぱいにすみれ色が表示されて、そしてハッと息が止まりました。それがまったく可愛くなかったからです。
 そんなわけがないと思って、今度は紙の色見本帳で近しい色を探しました。しかしその色もやっぱり、なんというかべったりとしていて可愛らしくなかったのです。
 しかし不思議なことに、色見本帳を扇子のように広げてみると、様々な色がグラデーションで現れて、途端にそこに差すすみれ色が魅力的に見えました。きつねにつままれたような気分でした。

 もう忘れようと思いながらも、取り返しのつかない気分は続いていました。
 その夜はお世話になった漫画誌の編集長の送別会があって、人の失くしものの話なんて面白くもないのに、夜も深まってついすみれ色のイヤリングの話をしてしまいました。
 すごく大事にしていたのに失くしてしまったこと。失くした後にすみれ色を見ても魅力的に思えなかったこと。なるべくラフに聞こえるように話しました。真剣に話したってその場にいる人たちにつまらない想いをさせるばかりで、テーブルの上にあのイヤリングが現れるわけでもないのです。
 賑やかな空間の片隅で、話に耳を傾けてくれていた漫画家さんが、「おせっかいな色だよね」と言いました。誰でも知っていることのように、おせっかいな色、と。
 その言葉を聞くまで、どうしてそう思わなかったのか不思議なほど、すみれ色はおせっかいでした。
 べったりとしつこい感じがして、でもほかの色に混ざっていると、とても魅力的に見えるあの色は、おせっかいな色だったのです。
 思えばあのイヤリングも、真っ白なかすみ草と一緒に束ねられているのや、花びら特有の色のむらが美しかったのです。あんなに毎日眺めていたのに、とっても気に入っていたのに、私はあのすみれ色のイヤリングについて何もわかっていなかったのです。

 いま、机の上にはあの頃と同じようにすみれ色のイヤリングがあります。
 あの後、どうしても諦めきれなくて、作家さんを探して連絡をとったのです。ちょうど同じものをつくって手元にあると言うので、信じられない気持ちでもう一度あのイヤリングを買いました。
 すみれ色のイヤリングはやっぱり可愛らしくて、時々手にとって眺めてしまいます。
 でもそれがどうしても失くしたイヤリングと同じように思えないのは、これが全く同じものではないせいなのか、それとも一度失くしたことで、見えていなかった部分が見えたからなのかはわかりません。

Text/姫乃たま

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