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  • 2018.01.29

深いところまであなたと一緒に降りていく。無意識の繋がり方を学んで

昏睡状態の人とコミュニケーションをとるためのメソッド(コーマワーク)を学ぶ講座に参加することになった姫乃さん。始めに行った昏睡状態の疑似体で不思議な体験をしたそうです。その体験と、そこで彼女が感じたこととは。

 自分を好きになってくれない人や身勝手な人ばかり好きになり、不安定な恋愛関係に陥ってしまう女性たちへ。
「私は最初から私を好きじゃなかった」――自己肯定感の低い著者が、永遠なるもの(なくしてしまったもの、なくなってしまったもの、はなから自分が持っていなかったもの)に思いを馳せることで、自分を好きになれない理由を探っていくエッセイ。

永遠なるものたち014
「コーマワーク」

薄暗い闇の中にいる女性の画像
by Pixabay

 いろんな偶然が重なって、昏睡状態の人とコミュニケーションをとるためのメソッド(コーマワーク)を学ぶ講座に参加しました。
頭の中でぼんやり、昏睡状態の人ともコミュニケーションってとれるんだ、と思った気がしますが、いや、それすら思わなかった気もします。それくらい、何もない心持ちでした。
でも、予想外の出来事はいつでも、期待していない時にふらりとやって来ます。ずっと夢中だった人とのデートでは緊張してしまって、あまりよく知らない人とのデートがかえって冒険的なものになるように。

 会場に向かう途中で、講座に参加する目的を後づけで考えてみましたが、気恥ずかしくて相手の目を見られない普段のコミュニケーションが、もっと丁寧で能動的になったらいいな、ということくらいしか思い浮かびませんでした。
しかし、初めてあう人たちがぱらぱらと座っている部屋に着いた途端、それすら忘れて、誰にも気にかけられないようにこそこそと空いている席を目指してしまいました。

 講座は昏睡状態を疑似体験するところから始まります。
暗くした部屋で、椅子に座って、目を閉じて、もちろん声も出さないように、ひたすらじっとするのです。
なるべくリラックスする体勢のほうがいいんだろうかとか、椅子の上でもぞもぞしてから、目を閉じて電気が消えた瞬間、すぐに「あ、これは結構きついな」と思いました。
誰からも話しかけられないのもつらいけど、好きな人から話しかけられた時に応えられないと思うと、なお、つらいのです。たったの数分だったはずですが、いつ終わるのか知らされないままじっと目を閉じているのは心細く、目を開けると何人かの女性が泣いていました。泣いている彼女たちを見ると、私と同じ気持ちであることがわかって安堵します。

 講師の女性が、「つらかった方」と手を挙げるように促したので、さっと手を挙げると、何人かの人が同じように手を挙げ、しかし、よく見ると泣いていた女性たちは誰も手を挙げていませんでした。それもそのはず、彼女たちは口々に、「昏睡状態になってみて癒された」「現実に戻りたくない」と言ったのです。
とてもびっくりしました。だって、彼女たちは実は、私とまったく違う気持ちでいたのです。

 目が覚めている人にもいろんな感覚の人がいるように、昏睡状態の人にもそれぞれの感覚があるといいます。昏睡状態から覚めた人の中には、一瞬で何年も経っていたと感じる人もいれば、ずっと周囲の声は聞こえていて、記憶のあるところとないところがまばらな人もいるそうです。
ですから、実際のワークではやたらに声をかけたり、規則的に手足を動かしたりするより、眠っている人に対して呼吸を合わせるような感じで、意識の深度を読み取りながら、その人に合ったアプローチをしていきます。

ふと、蘇ってきた幼い記憶には

 講座は、席の近い人とふたり組になって、昏睡状態の役とそこにアプローチする役に分かれておこなう実習に移りました。ついさっき、同じ場所で同じ体験をした人たちともまったく違う気持ちになったのに、何も話さない見知らぬ人とコミュニケーションが取れるのか、不安しかありません。

「今回はみなさん初めてなので、相手の体を触って動かすよりも、呼吸を合わせてみて、何か言葉が思い浮かんだら声をかけてみてください」

 講師の説明を聞いて、ますます正直に戸惑いました。いましがたふたり組になった知らない人に目をつむられても、かける言葉なんて浮かびそうにありません。しかし、相手の方は相談のために椅子ごとこちらに振り返ると、軽く挨拶のお辞儀をして、すぐにアプローチする側になりたいと申し出ました。ぜひぜひ、と素早く何度か頷いて、私の生い立ちや生活について、手短に数分で話します。

 それぞれの話し声がぱらぱらと止んで、実習が始まりました。
目をつむっている人を一心に見つめるのも緊張しそうですが、ただ目をつむっているところを延々と見られるのも、緊張するものです。みんなが緊張している気配が、目を閉じていても伝わってきました。
参加者が奇数だったこともあり、人数合わせのために普段から昏睡状態の人と関わる活動をしている方が参加していて、彼女の「頑張っていますね」などの囁きが静かに響いている以外は、みんな黙っています。

 私はなんとなく相手に気持ちが読み取られているような気がして、謙虚な気持ちになろうとしたり、厳粛な気持ちになろうとしたりしましたが、途中でぱたりと諦めました。というより、みんなが押し黙って緊張している空間が、なんだか可笑しくなってしまったのです。

 緊張の糸が切れてしまったことを相手に悟られないように願いながら、その願いも薄れた頃、ふと、父親と一緒に眠った日のことを思い出しました。

いつもは一緒に寝ていなかったのですが、その日はどういうわけか、父親の布団に潜り込んでいたのです。寝つきが悪かった私は退屈になって、先にうとうとしていた父親の呼吸に自分の呼吸を合わせていました。
父親の呼吸は私よりもずっと深くて、吐くのも吸うのも、タイミングを合わせるのが案外難しかったです。すっかり熱中していたら、いつから意識があったのか、「ちょっと、呼吸合わせるのやめてくださーい」と父親にからかわれました。誰かと呼吸を合わせた唯一の体験だと思います。

 そんなことを思い出していたら、油断してつま先が無意識にぴょこっと動いてしまいました。相手に見られたかと思うと、居眠りに気づかれた時のような恥ずかしさが瞬時に湧き上がってきて、再び人から見られている現状に集中します。

無意識が繋がっていると信じて

 しばらくして電気がついて、相手の人と感想を話し合う時、案の定「つま先が動きましたね」と言われたので、決まりが悪いような感じがしました。
しかし相手は続けて、「ちょうど心の中で声をかけたタイミングだったので驚きました」と言うのです。
彼は心の中で、「実際に会話をした時は年齢より大人びていると思ったのですが、いまはすごく少女のように見えます」と話しかけていたそうです。
はっと息を飲んで、私が思い出していたことを話すと、相手も目を丸くして、私たちはしばらく目で会話をしました。物を言わなくても、お互いの周波数が自然とチューニングされていたような、不思議な数秒間でした。

 このメソッドは昏睡状態の人を目覚めさせるためではなく、あくまでコミュニケーションをとるためにあるという説明がありました。しかし、講師の女性がこれまで関わった人の中には、長い昏睡状態から目を覚ました男の子がいるのだそうです。
目覚めてから、彼は将来について、講師の女性のようになりたいと話しました。でも、昏睡状態の人にアプローチがしたいわけではないようです。講師になりたいわけでも、女性になりたいわけでもありません。具体的なことは説明されなかったのですが、「きっと彼は深いところまで一緒に降りていくことのできる人になりたいと思ったのではないか」と講師の女性は分析していました。肉体や心を超えて、無意識が人と繋がる瞬間。

 つま先が動いた時、私は無意識のままどこにいたのでしょう。
なにか、とても暗くて深い暖かい場所が心に思い浮かんだけれど、今日も私は人の目を見て話せないし、コミュニケーションのとり方だって、特に丁寧にも能動的にもなっていません。

 でも少しだけ、いま一緒にいる人たちとは、あの暗くて深い暖かい場所のようなところで無意識が繋がっているんだろうな、ということだけ信じています。 

  ほんの少しだけ。

Text/姫乃たま

次回は <私との記憶は心地よいものだと感じて欲しい。身勝手な想いを「消えた猫」に重ねて>です。
飼い主に死に際を見せずに去る猫の習性を子供の時からずっと不思議に思っていた姫乃たまさん。でも、自分が体調を崩したときに取った行動から、ふとその習性の意味がわかったような気がして…。 ヒューマン 女の人生 女の生き方 成長 懐古

ライタープロフィール

姫乃たま(ひめの たま)
地下アイドル/ライター
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