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  • 2018.02.05

私との記憶は心地よいものだと感じて欲しい。身勝手な想いを「消えた猫」に重ねて

飼い主に死に際を見せずに去る猫の習性を子供の時からずっと不思議に思っていた姫乃たまさん。でも、自分が体調を崩したときに取った行動から、ふとその習性の意味がわかったような気がして…。

 自分を好きになってくれない人や身勝手な人ばかり好きになり、不安定な恋愛関係に陥ってしまう女性たちへ。
「私は最初から私を好きじゃなかった」――自己肯定感の低い著者が、永遠なるもの(なくしてしまったもの、なくなってしまったもの、はなから自分が持っていなかったもの)に思いを馳せることで、自分を好きになれない理由を探っていくエッセイ。

永遠なるものたち015
「猫」

猫を抱き上げる女性の画像
by Japheth Mast

 その猫は名前をあんぽんたんといって、でもとても賢そうな顔をしていました。飼い主の夫婦が名前を付けた日、私はまだ生まれていなかったので、どうしてそんな名前になったのかは知りません。それでもとにかく夫婦の家に遊びに行くと、あんぽんたんは気ままに暮らしていました。猫なのに、私よりも年上なのでたまに変な気持ちがしました。ほかに「こてつ」という痩せた猫もいましたが、やっぱり私のほうがこどもだったので、どんな字の名前だったかはわかりません。

 あんぽんたんは20年くらい生きて、なんとなくみんなが「この猫は一生死なないのかもしれない」と思い始めた頃、しれっと家を出ていきました。ある朝飼い主が玄関を開けた瞬間、いつもは絶対にでなかったリビングを飛び出して、それはものすごい素早さと若々しさで階段を駆け下り、閉まる寸前の玄関をすり抜けていきました。
大人たちが名前を呼びながら探しまわって、町中に貼り紙をして、保健所や警察に電話をかけても、あんぽんたんは見つかりませんでした。その先もずっと。

 死に際を見せない習性のエレガンスはあまりに悲しくて、私を素直に困惑させました。どれだけ一緒に暮らしても、最期を預けてくれないのは、どういうわけなんだろう。

 ずっと同じ気持ち(を想像した瞬間に、それがどんなものかわからなくなって戸惑うけれど、たとえば愛情や安心が混ざり合った幸福な)を抱え合っていたはずの生活、などというのは勝手な思い違いで、心の底から信用してくれてはいなかったのだろうか。その考えは、主に自分が愛情を注いでいると思うものについて、私をますます執着させます。

私との心地よい記憶を残したい

 この間、仕事に向かう電車の中で、不意に発熱しました。
時々、ひどく疲れて熱が上がるのです。重たい怠さに目を閉じると、何度か短く強引な眠りに飲み込まれて、意識が戻るたびに口元をマフラーに埋めなおしました。立ち上がるのは億劫を通り越してもはや怖く、腕を強く組んで猫背になりながら、真っ暗な瞼の中で、とりあえず待ち合わせ場所まで行ってから事情を伝えよう、と決めました。電話ですませることもできるのに、つらい時ほど律儀になるたちなのです。

 薄く目を開いて、関節が軋む音を聞きながら立ち上がり、手すりにもたれながらエスカレーターで運ばれて、改札からが永遠のように遠い駅ビルまでの通路を歩き、待ち合わせていた相手の顔が見えた瞬間、なめらかに手を振って笑顔を見せると、吐く息の熱っぽさがするすると解けるのを感じました。
相手との距離が近づいて、何か話しかけられて、適度に明るく返事をすると、社交的でいられる自分を嬉しく感じます。

 帰宅すると抑えつけていた熱が解放されて上がってきたので、ベッドに潜りました。

 膝を抱えながら、誰かを信用していないとか嫌いとか、そういうことじゃなくて、ただ、私といる時を心地よいと思ってほしいから、調子が悪くなったら人目を離れてひとりきりになりたい、と思いました。初めてのことだけど、とても自然に。

 誰にも死に際を見せたくないというのは、こういう感覚なのかしら。
特に、自分が愛情を注いでいると思うものに対しては。そしたらずっと、特別な人たちの中に、私の記憶が心地よいものとして残るのです。そんな風に考えるのは、やや病的なんでしょうか。でも、熱のせいで重たくなった心は、弱っている姿を見せたくない身勝手な願望の重たさとぴったり重なっているようでした。

 あんぽんたんがいなくなった少しあと、「こてつ」は暮らしていた家で息を引き取って、家族に見守られながら火葬されました。灰と骨になって見せることで、お別れするための手順を踏んで。きちんと誠実に。

 あんぽんたんとばったり再会するところを思い浮かべます。場所はご近所さんの庭だったり、住宅街の中の小さな駐車場だったりして、目が合った瞬間、私は、やっぱりね、と思います。

ほら、やっぱりまだ生きてたんだね。

Text/姫乃たま

次回は <ふいに姿を消したものは、またどこかで会えるような気がする/姫乃たま>です。
盗難されていた自転車が見つかったという連絡を警察から受け、「ふいになくなったもの」について思いをめぐらす姫乃たまさん。自転車の持ち主だったおじいちゃんとの思い出がよみがえってきます。

ライタープロフィール

姫乃たま(ひめの たま)
地下アイドル/ライター
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