指輪を捨てる

 ということで、われわれは口数も少ないまま、指輪を捨てるための場所を探して、ふらふら歩いた。さすがに、そのへんに捨てて終わりとはいかない。ガムを捨てるのとは、わけがちがう。まさか、コンビニ前のゴミ箱に放り込むわけにもいかない(それに、家庭ごみの持ち込みは禁止されている)。

 指輪を捨てるという行為は、やはり大変で、なんらかのドラマ性がないと納得のいくかたちにならない。ものを捨てるというよりは、ものにまとわりついた感情を捨てるという感じだからなんだろう。

 結局、われわれは川に行った。曇り空だった。河川敷には私たち以外に誰もいない。そんな状況で、しばらく変な沈黙があったあと、彼女が「じゃあ捨てる」と宣言し、大きくふりかぶって、指輪を投げた。

 というか、「ブン投げる」とでも表現したくなるような、豪快な投げかただった。渾身のオーバースロー。それで「おおっ」と思ったのは事実。最後の最後で、自分の知らない姿を見せられた気分になったから。

 こんな投球フォームで、ものを投げる女だったのか。長く付き合ったつもりでも、知らないことはたくさんある。私は、この女の投球フォームすら知らなかった。しかし、オーバースローでよかった。深く身を沈めるような本格的なアンダースローで投げたりしていたら、別れという状況も忘れて、吹き出していたかもしれない。

 指輪は軌道を描いて、川に落ちた。ぽちゃんという音がした……とでも書きたくなるが、実際は何も聞こえなかった。ずいぶん遠くに落ちたから。それで彼女のほうは、スッキリしたようだった。

 しかし私のほうは付き添っただけで、ぜんぜんスッキリしていない。そのことに、いまさら気づいた。「それじゃあ」と言われて、ふたたび歩き出し、そのまま別れた。最後まで、あまり釈然としなかった。恋愛の最後が、女の遠投。なんという終わりかたなのか。
 
 指輪関係で、余談をひとつ。
 
 べつの彼女と別れたとき、なんの前ぶれもなしに、郵送で指輪が送られてきたことがある。もしかしたら、思い出としては、こっちのほうが悲惨かもしれない。茶色の封筒がモコッとしていた。郵送で終わる愛。ものすごく、即物的。
 
 届いた指輪をどうしたかは覚えていない。ひとりでブン投げたんだろうか。
 
 
Text/上田啓太

上田啓太
1984年生まれ、京都在住のライター。女性宅で居候生活を送っている。
ブログ 『真顔日記』
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