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  • 2016.12.31

嫌われ者だった私と、どうして付き合ったの? 昔の恋人に聞いてみた話/眞駒

終わった恋の足跡を辿る、忘恋会2016。最後を締めくくるのは、ツイッターで人気の眞駒さんです。過去の恋愛について考えることは地獄のような作業だったと振り返る眞駒さん。学年きっての「嫌われ者」だったという高校時代の切ない恋について、書いてくれました。

 終わった恋の足跡を辿る、忘恋会2016。
今年の締めくくりにふさわしいとっておきの恋愛納めコラムを厳選してお届けします。
一旦ケジメをつけて、来る2017年の新しい恋に備えましょう。

 はじめまして。眞駒(@ameni1952 )というツイッターアカウントで、上手くいかない恋愛と不甲斐ない自分に呪詛を吐き続けているアラサー女性です。“忘恋会”という名の暗黒武術会のような企画特集に参加させていただけるということで張り切って過去の恋愛と向き合った結果、丸2日寝込みました。
もう10年(!)も昔の、ドラマチックでもロマンチックでもない、ほろ苦い思い出を書きました。
来年こそは幸せになりたい。

嫌われ者だった高校時代

忘恋会 2016 眞駒 AM 失恋 終わった 眞駒

 大学生になって、高校時代に付き合っていた彼氏と再会する機会があったので、問いかけてみたことがある。

「そもそもあの頃、どうして私と付き合おうと思ったの?」

 それは付き合っているときも別れてからも、ずっと疑問に思っていたことだった。

 高校時代の私は、たぶんものすごく嫌われていた。 東北の田舎町に生まれ育った私は、幼少の頃からとにかく悪目立ちする質で、それは高校に入っても変わることがなかった。成績はごく普通で、部活も運動部と生徒会という一般的なもの。容姿もどこにでもいるような冴えない女の子でしかなかった。

 それなのに他のクラスの前を通ると、言葉を交わしたこともない、名前も知らないような同級生たちが私を横目で捉えながら、ヒソヒソと悪口やよくないウワサ話に興じる空気を、しばしば感じていた。初対面の子に挨拶したら「あなたが眞駒ちゃんね、おウワサはかねがね」と嫌味が返ってきたこともあった。当時の私はというと、自分が嫌われている理由も、妙に悪名高くなっている理由も、よく分からなかった。

 今になって考えてみると、まあ単に性根が曲がっていて、オマケに人よりちょっと、子どもだったからだと思う。自我の発達が人より遅かった私は、人からどう見られているか/見られたいかといった思春期に誰もが抱く命題にはまったく無頓着で、ほとんど本能のままに生きていた。学校という小さな社会の中でそれは、不格好で異質なものに写ったことだろう。

 そんな私と対照的に、当時の彼は決して目立つ方ではなかった。際立ってハンサムでもなかったけれど、真面目で優しくて、思慮深い人だった。男女問わず友達も多く、特に、私を嫌って嗤うような人たちと仲がよかった。出会った当初は自分とは縁遠い人だな、くらいの認識しかなかった。

 

嫌われ者ちゃんと人気者くんの恋

 だけどなぜか私たちは、日に日に仲良くなっていった。

 一緒に過ごす時間も長くなり、放課後の生徒会室や朝の公園、休日の図書館で、いろんな話をした。そしていつの間にか、恋人同士になった。

 もの静かな人気者と学年きっての嫌われ者が付き合ったことは、同級生たちにとってかなり奇妙な出来事だったに違いない。一緒にいるところをヘンな目で見られることもしばしばあり、私たちは人目を避けるように学校の周囲にさまざまな隠れ場所を見つけ、いかにもな青春を過ごした。

 だから彼には一度、真意を訊ねてみたいと思っていた。

「そもそもあの頃、どうして私と付き合おうと思ったの?」と。
彼の返答は、まるで意外なものだった。

「眞駒がみんなに嫌われていたから。反骨精神みたいなもの」

「......エッ? 反骨精神?!」

「みんな眞駒のことをよく知りもしないくせに、好き勝手に悪口を言って盛り上がってた。僕は、そんな友人たちのことを見下していた。だから、そんなやつらと自分は違うと思っていたし、彼らが知らない、知ろうとしないことを自分は知っているという優越感に浸りたかった」

 もう苦笑いするしかなかった。私は嫌われていた“のに”好いてもらったのではなく、嫌われていた“からこそ”好いてもらったのだ。

 そんな度胸試しのようなロックンロール思考で私と恋愛しないでくれ! 普通はさあ、もっとこう、笑顔がカワイイからとか、部活を頑張ってる姿がステキだったとか、そういう腑抜けた理由で恋に落ちるもんじゃないのか。

 しかし同時に、穏やかで明るく、何も考えてなさそうだった当時の彼が、そんな鬱屈した内面を抱えていたことに驚いた。

人気者くんの隠れた一面

 今になって思うと、彼にはたしかにちょっと変わっているところがあった。

 みんなと共通の話題で盛り上がりはするけれど本当に好きなものはちゃんと他にあって、それは誰も知らないようなものだったりした。

 彼は自分のことをあまり人に話さなかったし、知ってもらいたいとも思っていないようだった。そのくせ他人の何気ないクセや、言動から読み取れる感情を深く観察していたり、クラスの多数派の意見とは全然違う視点をコッソリ持っていたりした。すこし遠くから冷めた目で集団を眺めているような姿勢に、私はややギョッとしたものだった。

 もしかしたら彼は、自分を取り巻く人間関係や空気や社会に、ずっと違和感を抱いていたのかもしれない。

 でも彼は、恋人である私にだけはいろんなことを話してくれた。これは初めて人に話すんだけど、と前置きしながら家族のことや幼少の思い出、好きな本や歌のこと、辛かった記憶や悔しかった出来事なんかを、ぽつぽつと嬉しそうに話した。私も、彼にだけ話したことがたくさんあった。私の言葉に彼は喜んで耳を傾けて、まっすぐに受け止めてくれた。そうして時間を共に過ごすうちに、意外に似ているところがあることにも気づいた。だからこそ私たちは、どんな友達よりもお互いのことを知って、仲良くなれたのだった。

   

ほろ苦い恋の終わり

 余談になるけれど、彼とは大学入学前の春休みに別れた。

 彼の最後の言葉はこうだ。

「(眞駒の)性格が、悪すぎる......」

 先入観を持たず私のことを深く知ろうとしてくれた彼の愛も、結局はみんながウワサしていた通り、私の性格の悪さゆえに滅んでしまったのだなあと、この失恋を思い出すたびに笑っちゃうような惨めなような気持ちになる。

 もしかしたら彼は嫌われ者の私のなかに自分に似たものを感じていたのかもしれない。お互いに一番の理解者になりえるという期待をもって私を好いてくれたのかもしれない。

 けれど、彼にとってどうしても受け入れられない部分が私の中にあったとして、それが私の性格の悪さだったのなら、本当に悲しい話だ。

 青春時代のこの恋は、端から見れば善良な人気者と性悪な嫌われ者という異生物同士が、何かの間違いで付き合ったという滑稽なお笑いぐさに過ぎないかもしれない。

 けれど私にとっては、そしてあるいは彼にとっても、違和感を抱きながら生きてきた二人が人生のなかで初めて分かり合える相手を見つけられた幸福な体験だった。それは、ずっとひとり彷徨っていた異国の地で、同郷の人と出会ったような、安心感に満ちていた。

“忘恋会”であらわになった痛み

「女の恋愛は上書き保存」なんていう太古から伝わる至言の例に漏れず、私は恋愛の一部分だけを切り取って、あとは月日と一緒にエイヤと流し去ってしまう。

 だから、所謂“忘れられない恋”みたいなものは正直あまりない。この原稿の話をいただいて考えあぐね、記憶の片隅に追いやっていたような恋愛のできごとを箇条書きにしてみたが、それはそれは地獄のような作業だった。

 今回は、そんな中でも特に印象深い“恋愛のはじまりと終わり”について、飲み過ぎた酒もろとも吐き出す代わりにこうして書かせてもらった。

 私が恋愛を上書き保存してしまうのは、恋愛の思い出を丁寧に保存し、自分の記憶にとどめておく強さがないからなのかもしれない。そんなことにまで気付かされた。

Text/眞駒

眞駒
平成生まれの独身アラサー。都内IT企業を退職し、日々ボンヤリしている。
ツイッターにはじまり対談やコラム執筆など、身を削って出たカスで文字を書いています。
ブログ『おんなが泣くとき』
ツイッター:@ameni1952

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