承認欲求に○○○○を追加すればモテる

 ここまでドメンヘラの太宰治。実は「他人目線」を忘れない人でもありました。詩の依頼があると媒体のことを考えながらノートを引っ張り出し、あらかじめストックしておいた言葉を組み合わせて原稿を作っていました。プライベートはズタズタな太宰治ですが、仕事においては立派な職業ライターです。

 誰でも読んだことがある『走れメロス』も、もとは熱海の旅館で遊んでいるうちに金がなくなって「家へ取ってくるから」と友達を人質に置いたままトンズラした本人の話。本物の走れメロスは友の元へ戻ってこなかったんかい! というツッコミはさておき、こうすれば読者が感動するだろう……という他人目線の鋭さは素晴らしいものです。

「痛い」承認欲求に他人目線を加えよう

 それと比べて「痛い」と言われる承認欲求は他人目線を欠いています。相手を踏み台にするつもりで弱小プロダクションへ声をかける。炎上しても注目を集めたいからと他人を批判する記事に書く。こういった相手がどう思うかを気にしない行為を続けると「痛い」と言われることになります。

 そう考えると、痛くなくなる方法はとても簡単。自分の発表した意見や作品にどういう目が注がれるか「他人目線」を入れるだけでいいのです。

 たとえばシンガーソングライターとして名を残したいなら、今どういう歌詞が求められているか女子高生にインタビューしてみるといいかもしれません。誰でも口ずさめるようなメロディーは何か研究してみましょう。スタジオが自分を売り込みたくなるにはどう営業するといいか考えるのもありです。

 「そんなことしたら、自分のやりたいことが曲げられてしまう」

 と思うかもしれません。でも本当に言いたいことややりたいことは、どんな制約下でもおのずと表に出てしまうものです。
例えば私が恋愛コラムを書いているのに「男性に好かれるために媚びよう」という記事は書かないのと同じように。
あなたのすばらしさは他人目線ごときではゆらがない強いものです。誰かに認められたいと思ったときは他人目線を忘れずに。魅力がより多くの人へ届くようひと手間加えてみてください。

参考資料:太宰治『ア、秋』

☆次回は「本当にそれ、承認欲求のせいなの?単なる愚かさを承認欲求のせいにする悪意」をお伝えします。

Text/トイアンナ

前後の連載記事