わたしは早く手を離すべきだった

 指定された喫茶店に入ると、怒った顔の恋人と、困った顔の恋人の友人がいました。さすがに人目があるからか、怒鳴り散らされることはなかったけれど、家賃をひとりでまかなうのは無理だと告げられました。一方わたしは、そっちの家に戻るつもりはないことを主張します。結果、しばらくの間だけ、これまで負担してきたのと同額を恋人の口座に振り込むことで話はまとまりました。

 わたしが家出してもなお、恋人はまだ別れを認めてはくれませんでした。ちょくちょく電話がかかってきたし、その頃にはわたしの心変わりの相手を突き止めていたらしく、セフレと一緒にいるところに現れたこともありました。その当時わたしがよく遊んでいた、漫画家のドルショック竹下さんの働いていたバーに来たこともあったそうです。

 最初の頃は、電話がかかってくるといちいち応対していました。しかし、なかなか切らせてくれないうえに、感情が昂ると、電話口で泣き喚かれるのが嫌で、ある時から一切出ることをやめました。
すると、今度はメールが届くようになりました。ほとんどが恨み言と、自らの体調不良の訴え、そしてわたしへの呪いの言葉でした。それもまったく反応しなくなったら、やがてメールも来なくなりました。

「そうか、これでよかったのか」と、そこで初めて気が付きました。恋人はとにかくわたしの言葉や行動から希望を見出そうとしていたのです。救いが欲しい。だから、それが手に入るまで諦めることなく、必死にしがみついてくる。

 わたしは、しがみついてくるその手を無理やりに振りほどくことが出来ず、恋人は、わたしが手を離さないのだから引き上げてくれると思っていた。けれど、それは間違いだったのです。わたしはさっさと手を離すべきだった。そうすれば恋人はもっと早くわたしを諦められたかもしれない。

家族はわたしの味方

 恋人を無視するようになってしばらくした10月中旬のある日、突然、父親から言われました。

「俺の携帯に電話がかかってきて、お前への伝言をもらったんだけど、来週あっちの家を出ていくって。犬を残していくから、その日に帰ってきてくれだってさ」

 ようやく終わった。ほっとしながら、父と母に改めて頭を下げました。「結婚式まで挙げたのに、こんなふうになってごめんね」と。すると父親は「なんかいろいろ言ってきたけど、『何があっても親だから、僕は娘の味方をします』って言っておいた」と言ってくれました。

 そして、母は苦笑交じりに言いました。「普通、夫婦喧嘩して妻が実家に帰ったら、迎えに来るのが常識よね。でも、来なかったからいいんじゃない」と。結婚しかり、就職しかり、母のいう「普通」や「常識」に苦しめられることは多かったけれども、この時、とても力強く感じました。家族はわたしの味方だったのです。

――次週へ続く

Text/大泉りか

次回は<別れるときはお金に注意!元恋人から40万円抜かれた話>です。
「金の切れ目が縁の切れ目」といいますが、逆に縁の切れ目の金銭トラブルにも注意が必要です。「私物 同棲 売られた」で検索して広がっている地獄は、決して他人事ではないかもしれませんよ!