若い頃に正統派イケメンとヤっていれば「王子様タイプ」にも緊張しない説

お芋やかぼちゃの、口の中の水分をすべて持っていかれる感じが苦手です。ゆえに息子が1歳2歳の頃に、蒸し野菜にして食卓に出しつつも「芋とかかぼちゃとか美味しいか?」といつも心の中で思っていた。そんな気持ちはしっかりと伝わるようで、息子もまったく手をつけてくれることなく拒否され続ける日々だったので、やがて、誰も食べないものを出しても仕方ないという結論に達して以降、蒸すのは葉物やキノコだけとなった。

イケメンに感情を掻き乱されるのが嫌

話は変わりますが、なぜだか最近、わたしはイケメンづいています。イケメンづくといっても、イケメンにデートに誘われたり、イケメンとLINEでイチャイチャしたり、イケメンにナンパされたりしているわけではなく、ただ単に立て続けにイケメンを取材したという話なのですが、気が付いたのはイケメンを取材することが決まると、若干の憂鬱さを覚えるということです。

もちろん「実物で見ると、どんだけイケメンなんだろう」という期待感で気分が高揚するし、実際に会うと「イケメンはやはりイケメン……!」と、感慨というか感動というか、何か心に込み上げてくるものもある。昨今流行のルッキズム的にどうなのって話だけど、美しいものを目の前に無条件でかしづいてしまうこの気持ち。感情は理性ではなかなか制御できないじゃないですか。できます? わたしはできません! が、一方で、そこが嫌というか、ようするに相手に「イケメン」だと感じていることを悟られたくないという思いがある。別に欲情しているわけじゃないし、別に欲情したってそれをあからさまにしさえしなければ、悪いわけでもないんだけれども、どこが座り心地が悪い。

もちろんイケメンを前にしたところで大人なのでキャーキャー騒ぐことなくポーカーフェイスを保って、粛々とインタビューしますけれども、恋をしている相手でもなければ、大ファンでずっと追っかけてきた相手でもないのに、感情を搔き乱されてしまうこと。それがイケメンを取材することに憂鬱さを覚える理由のひとつだと自分では分析している。