英雄にヤリ捨てされてワンレンボブ男に目覚めた話

今から4〜5年ほど前のこと。マッチングアプリをやってるなんて、まだ人前で言える空気ではなかったあの頃。私は人一倍アプリをやりこんでいた。
写真家、映像作家、監督助手、デザイナー、編集者、ほんの数年前まではいわゆるクリエイター系男性と知り合うのが今よりも容易だったので、物珍しさと好奇心から色んな人とやりとりをしては飲みに誘っていた。

山や田畑に囲まれたとてつもなく狭い世界に生まれ育ち、「そんなもんで食ってける人間なんか一握りしかいない」と散々大人たちに言われつづけてきた人間からしたら”クリエイター”なんてものはヒーロー的存在。
相手が英雄なら、ヤリ捨てだって伝説みたいなもの。異論は認めるが別に悲しいことじゃない。

アプリで出会ったクリエイター系男性

そんなわけで待ち合わせ場所は渋谷TSUTAYAの上にあるブックカフェ。ちょうど階段を上りかけているタイミングでそれらしき男と目が合い、頭を下げ合っての軽い挨拶をした。

キャップをかぶっているビジュアルはプロフィール写真の通り。髪の長さはだいぶ違った。てっきり短髪かと思いきや、キャップの下から生えるようにして分厚い毛束がユッサユッサと揺れていた。ワンレンボブってやつか? かっこいいな……そういえばふかわりょうもこんな髪型だったような。ふかわっておしゃれなんだな……(敬称略)

当時の私はまだまだ考えが幼稚だった。普通、社会に出たら男は短髪であるべきだ。髪を短くしないと面接で落とされるらしいし。営業マンになるなら前髪の存在すら許しませんみたいな……それが社会で生きてくっていうこと、常識なんだって教わってきたのだ。
そんなバカバカしいものから一瞬で目を覚ますほどの破壊力を、男はキャップからぶら下げていた。

夕飯を食う約束だったのでとりあえず外に出た。

「寿司好き?」

えっ、初対面の女に寿司を食べさせてくれるなんて、やはり只者ではない……金持ちなのか? とっさに「好き!」と答えた。回転寿司かもしれないし、奢りじゃない可能性もあるのにそこまで頭が回らなかった。正直に答えると男はよほど好物なのか、笑顔で「よし!」と呟き早歩きで道玄坂を駆け抜けた。

角海老が見える広い通りの右手にあるビルの中に入っていく。こんなところに寿司屋が……? 上へあがると信じられない賑やかさ。私の声が完全にかき消される。
私の記憶によればここはナンパスポットとして名を馳せている、巷で有名な肉寿司ってやつだ。(一時期、肉寿司が流行っていた記憶がある)

……これは寿司なのか? 肉では?

この際、細かいことは考えないことにした。

彼は席に着くなりメニューのおいなりさんを指差して何か言っているが、周りがうるさすぎて何も聞こえない。多分「オススメ」と言っているんだろう。読唇術とジェスチャー頼りでこれから会話が始まると思うと不安になった。

頼んだ日本酒が運ばれてくるなり男はおちょこに注ぎ始めたがほとんどこぼしている。隣の男女が一瞬目を丸くしてチラ見した。

今度は稲荷。口元から米粒が雪崩みたいに落ちていく。しかもよほど眠いのか白目で頭をかくんかくんさせている。隣の男女が険しい顔をして何度もチラ見している。

私はかえってホッとしてしまった。クリエイターといえばやたら気取ってて偉そうという偏見があったからだ。男のロン毛にも同じく。私は何かと独断と偏見が多すぎるのが短所である。

聞けば写真を生業にしているらしく、ろくに休みもないどころかほとんど寝ていないらしい。つまり、「忙しすぎて気がついたら髪がこんなに伸びてしまった」ということか。なんだそれ、かっこよすぎるな……。
女にモテたいからなどという下心から個性を出すべくして伸ばしたんではなくて、ただ忙しくて伸びただけ……しかも肉寿司を寿司と呼ぶ勇敢さ。

漢らしい!!

思わずキュンとした。

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