「女だから」と一括にされることが嫌いだったわけ/あたそ

「女同士」が怖いわけじゃない

by Jacek Dylag

もう何度もテーマにしている内容ではあるのだが、まず前提として、私は女でいる自分があまり好きではない。

しかしこの言葉には細かい説明が必要なのだが、私は誰がどう見ても女性の見た目をしているし、スカートやワンピースなどの服装も好きだ。かわいい下着も買うし(これは外見コンプレックスから来るものなのかもしれないが)、化粧品も好きで若干の収集癖がある。好きなものを身に着けているときの私の姿は、何もしていない姿よりはいくらかマシで、結構好きだ。

私は、人生の分岐点において女性である選択をし続けてきたし、女性として生きることに対して何の抵抗もないのだが、周りから「女の人」「女の子」と一括にして扱われるのが、単純にしっくりこない。自分に対して「女性……かな!?」という感じである。
私自身かなり面倒臭い性格ですが、何もこういうところまで面倒臭くなくてもいいんですけどね。でも年齢を重ねるうちに男女で物事を隔てる機会が生活圏から少なくなったからなのか、ここ最近あまり気にならなくなりつつあるのだが。

そのうえで、私はやはり「女性」という性別を茶化したり、否定されるような発言が苦手だ。というか、少し傷ついている自分がいることに気がついた。
わかりやすい例を挙げると、「女って怖いよね」とか「女同士はドロドロしてるんでしょ?」という“あるある”な台詞を言われる度になんだかモヤモヤした感情を抱いていたのだが、たぶん私は少しだけ傷ついていたのだと思う。特に女性から言われると、頭上から足元にかけてすっと何か冷たいものがフッと降りてくる。「ああ、あなたもそういうこと普通に言っちゃうんだ……」と悲しい気持ちに襲われる。私は、自分の女性性の一部を否定し続けていたいはずだし、女性の怖い話にもドロドロしている場面にも少なからず巻き込まれたことがあるのに、虫のいい話ではある。

実際のところ、「女だから」怖いわけでも「女同士だから」ドロドロしているわけでもなく、その問題に関係している人の性格が悪いだけなので、性別は関係ない。男同士だって牽制し合ったり、陰湿ないじめをすることだって実際に目にしてきた。外側から見ていると、私にとっては「男らしさ」を同性から強要される男性社会も結構怖い。「女性の方が陰湿」というのはやはり先入観であって、人間関係のもつれに性別を当てはめるのはあまり意味のないことのように思う。