無邪気マウンティングでふくらむ邪悪な感情

太陽の光を浴びながらベンチに座る女性の画像

 前回は、東京に現存する華々しい社交界で生まれ育ったキラキラ女子、光の国の女子について書いた。宝石のように眩い輝きを放つ彼女たちを前にすると、「そりゃ私は光の国に住んじゃいないけれど、そこそこおだやかなひだまりの国で生きてる」っていう現状認識が途端にぐらつき始める。実はすっかり目が慣れてしまっていただけで、私、もしや暗黒世界の住人だったのではとすら思わされるのである。

 ただごく自然に美しく、ごく自然に能力が高く、ごく自然に裕福で、ごく自然に裕福なパートナーと出会う。世の中に自分を排斥するものなど存在しないと言わんばかりに屈託なく他者に微笑みかけることができる彼女たちには、よもや他者を攻撃しようとか、服従させようとかいう意図があるようには思えない。
ところが、こちらは、そんな余裕のあるお姿を前にすればするほど、圧倒的敗者であることを思い知らされるのである。

「マウンティング」と聞けば、多くの女性は「あるある」と一も二もなく思う。けれど実際のところ、私のほうがあなたよりこんなに美人よ、みたいな、分かりやすいマウントの取り方、取られ方することって滅多にない。なぜなら、分かりやすく誇示するやり方は稚拙で弱いって知っているからだ。じゃあなんでマウンティングを「あるある」って思うかと言うと、女性は大なり小なり、同性の誰かに嫉妬したことがあるからだ。嫉妬したのか、嫉妬「させ」られたのか、境界線は極めて曖昧。でも、嫉妬する側にまわるより、嫉妬させる側が強いってことは本能でわかってる。マウンティングは、どちらかが相手に嫉妬した(させた)時点で、勝敗が決まるのだ。