週刊誌を批判するのは簡単。拡散する情報でわかる「人間の値打ち」

小室哲哉さんが不倫騒動のけじめで引退するという出来事で、「文春砲」をはじめとする不倫報道へのバッシングが大きくなってきました。しかし、週刊誌やテレビだけではなく、それを「お祭り」にする私たちオーディエンスにも責任があるのかもしれません。

ベッドの上に雑誌や本を何冊も並べて読んでいる画像
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 小室哲哉さんが不倫騒動のけじめで引退というのがあって、ようやく不倫報道が才能を追い込んだとして大きく糾弾されるようになりました。
文春砲という言葉が一人歩きして、文春さんだけが悪者にされていますが、これは落ち着いて考えたら現代の報道全般についての問題を炙り出しているように私には思えました。


炎上への道程

 先ずは週刊文春によるインターネットニュースへの記事の概要提供。
本来、週刊文春の書籍の購読層というのは中・高年で、私より上の意地悪なジジババがターゲットです。週刊新潮さんも同じような読者層です。
文春さんと新潮さんの良い意味でも悪い意味でも意地の悪い記事はある程度大人の読者層であれば、ただの面白半分でやり過ごしていたものが若者の目にも触れ易くなって影響力を増しました。
また、それぞれデジタルメディアとして動画なども配信するようになったので、既存の映像メディアと同等に近い影響力とインパクトを残すようになった。
ということがあげられます。

 文春さんと新潮さんの意地悪なんて昨日今日始まったことではないです。
今までも沢山訴訟案件を抱えていました。
だから私なんかは「こういう意地悪な見方があるんだ」と通勤電車の中吊りで「ああまたやってる」程度に見てやり過ごすという対応を取っていました。
でもネットニュースの時代になると、それがSNSで拡散して騒動が大きくなる。
無料だからどんどん拡散する。それを既存のメディアが後追いし始める。
既存のメディアが横並びで取り上げ始め、いわゆる「お祭り」へ。
みたいな流れです。

 週刊文春さんも、既存の良い意味で世間慣れした中・高年だけを相手にやっていければよかったとも思いますが、出版不況の折、そうもいきません。
ニュース提供したらビュー数によって収入にもなるでしょう。
それをキッカケに誌面を手に取ってほしいという所もあるでしょう。