東京のキラキラ社交界「光の国」に入るとできる自分の長い影

草野球のエースなら草野球のエースとしての自分に、市民マラソン入賞者なら市民マラソン入賞者としての自分に、誇りを持って生きればいいのだ。

「東京で生まれ育った子にはかなわない」

太陽の光を浴びながらベンチに座る女性の画像

 かつて、東京の有名なお嬢様女子大に進学した同郷(福岡)の友人が「東京で生まれ育った女子にはかなわない…」と遠い目で呟いたことがあった。
「だよねえ」と訳知り顔で同調したが、今になって思えば、私はその実、何もわかっていなかったのである。

 その頃私は、東京に移り住んでいたとはいえ、学校にも会社にも所属せず、家庭で赤ん坊の子育てに勤しんでいた。そんな中でできたママ友たちは、確かにキラキラと眩しかった。みんな「VERY」から抜け出してきたみたいに揃って美人だったし、東京のお洒落なお店、美味しいお店をたくさん知っていた。腕利きの美容皮膚科も、バーキンの持ち方も、みんな東京でできたママ友が教えてくれた(蓋みたいな部分は終始内側に折り曲げとくのである)。
そういうのをリアルに体験し「東京スゴイ、かなわない」と私も思った。思ったけど、19歳で出産した私とママ友たちには平均して一回りほどの年の差があり、東京もすごいが、最もすごいのは弾ける前のバブルであろう、という風に理解していたのである。

 けれども私が少しずつ個人として社会に出るようになって、ママコミュニティの外にいる同世代の女性達と接点を持つようになると、実はバブル崩壊後の東京にも、地方の中流家庭出身の私などには考えも及ばない華やかな暮らし、社交界が、健在だったのだということを知る。

「東京の子にはかなわない」とつぶやいていた友人は地元の名士の子供であったが、そんな彼女をもってしても「かなわない」と言わせる東京の社交界。一体どんなものかと言うと、デビューはなんと幼稚園だ。当然のようにお受験を課している幼稚園に、まずはあの手この手で迎え入れられなければデビューは果たせないのである。そこで、お教室に通ったり(お教室に入るのだって紹介が必要な場合もある)、有力者の推薦状を入手したりしてなんとか入り込むのだ。

 入園さえしちゃえば一安心、というはずもなく、当たり前のように脱落者も出る。貸し切った船の上で開催されるクリスマスパーティーや、突如決まるホノルルでの現地集合といった無茶振りに、臆することなく対応できる資金力、そして精神力を持ったものだけが、最後まで生き残るのだ。