気の合う人とはちょうどいい距離で付き合えばいい

ゴビ砂漠ツアーと言えば、毎日車移動が6~8時間もあり、「体力のない方にはおすすめしない」と『地球の歩き方』にも書いてあるほどで、たしかに過酷だった。おまけに夜は固い木の板の上で寝り、ひどい時は地面の上に直で寝ることも。さらに、寒さと家畜の鳴き声に何度も起こされ、体力も奪われる。
そんな状況で人に気を遣う余裕はないはずなのに、喧嘩をすることも、ストレスを溜めることもなく、なんとかやり過ごすことができた。もっと言えば、たまたま全員酒好き、喫煙者で、毎日のように酒とタバコを浴び、死ぬほど楽しい毎日を過ごしていた。年齢も住んでいる場所も違ったけれど、また東京で飲む約束をして、私は日本へと戻ってきたのだった。

全員旅慣れしていたからだと思う。穴を掘っただけの汚すぎるトイレにも、家畜の糞だらけのゲルにも、遊牧民のめちゃくちゃ不味いお茶にも、誰も何も文句や不満を言わなかった。「そういうもんだよね」という風に、現地での価値観をすべて受け入れていた。それが、私にとってはかなり居心地がよく、素晴らしい思い出を構成する一部となったのだと思う。

人とどれくらい一緒にいられるか、相手を思いやれるかどうかはお互いの条件によるのだろう。そして友達でい続けるには、たとえば一緒にいて楽しいとか、傷つけるようなことを言ってこないとか、価値観や食の好みが合うとか。仲を縮めていく過程で色々な面を見て、距離が近くなったり遠くなったりしていく。
不思議なことに、私はたまたま旅先で出会った人と8日間一緒にいることができた。けど、「ゴビ砂漠に行きたい」という共通した目的があり、期限も決まっていたからこそ、何か起こることもなく、平和に過ごせたのだと思う。でもこれからずっと縁が続くかどうはちょっと微妙だ。そう考えると、旅行とはなんとも不思議なものだと思わなくもない。

「1人旅、すごいね」なんて、何度も何度も言われてきた。けれど、私は嫌なのだ。海外という非日常に飛び出して、友達に自分の嫌な面をわざわざ見せるのも、自ら覗きに行くのも。これ以上わがままだと思われたくないし、せっかく好きになれた数少ない友達の嫌いな部分なんて知らなくたっていいのだ。1人でどこかに出かけるよりも、自分の見せていない部分を見られてしまうことの方が、私にとってはよっぽど怖い。

1人でいるのに何も抵抗もないし、困ったこともない。だったら、自分が思う相手とのちょうどいい距離を見つけて、うまく付き合っていきたい。一緒に楽しく話ができて、たまに美味しいお酒を飲める程度の関係を続けることのできるような居心地のいいところにいることができれば、私はそれでいいのだと思う。

Text/あたそ