妖艶な老女に「遊んで行かない?」と声をかけられた。アレは何だったのか?/中川淳一郎

以前、1990年代以前の東京都立川市は怪しい街だったことを書いたが、改めて怪しい街だったと今でも思い出す。前回書いたのは酔っ払った痴女からホテルに誘われる話だが、今回は怪し過ぎる通りについてである。「シネマ通り」という名前がついているのだが、映画と何が関係あるのかまったく分からなかった。

後に立川駅北口の再開発でこの通りには立川初の映画館があったことが由来だと教えられた。そして、立川には米軍基地があったため、米兵が飲み歩くバーやらストリップ劇場もあったのだという。

真っ白な厚化粧の老婆が…

全般的に薄暗く怪しい昭和的風情の残るエリアだったのだが、僕は通勤時、シネマ通りにある伯父のマンションの駐輪場を使わせてもらっていた。そこからJR立川駅まで8分ほど歩くのだ。自転車と合わせて駅までは20分といったところだろう。立川に着くのは毎晩23時以降という残業まみれの生活をしていたのだが、帰宅の際、シネマ通りを歩くと毎度ゾクゾクした。

何しろ暗いのである。そして、僕は明るい大通りのある南側から北上し、シネマ通りに入るのだが、突き当りの東西を走る道の住宅(店?)の間の隙間に背筋をシュンと伸ばした老婆が椅子に座っているのだ。年の頃78歳といったところか。丁度街灯が老婆の顔面を照らす位置に座っていたのだが、真っ白な厚化粧をしており、いきなりこう声をかけてきた。

「兄さん、遊んで行かない?」

いやいや、暗い通りの建物と建物の間に深夜に佇む厚化粧の老婆、というだけで怪しさ満点なのだが、遊んで行くわけないでしょう! 私は明日の朝も会社へ行かなくてはいけないのです! とばかりに「いや、行かないです」とバカ正直に伝えた。

そこから伯父のマンションで自転車を回収し、シネマ通りを通って立川通りという同市の大動脈的な通りへ。老婆の前をできるだけ高速で突っ走り、ようやく明るい世界に舞い戻った。

帰りの自転車ではあの老婆が一体何者だったのかを考えた。飲み屋というには、あまりにも妖艶過ぎるのである。それともエロいサービスを提供する店なのか…。果たしてあの老婆はあくまでも客引きなのか? 実際に自分がサービスを提供するのか…。こんなことを考えながらペダルをこぎ続けた。