「運命ってあると思う?」急にぶつかってひとつになるくらい強い引力で惹かれあった数日間/姫乃たま

永遠なるものたち030「運命」

by Maria Teneva

「運命ってあると思う?」

 さっき出会ったばかりの彼女が私に訊きました。
 カフェのテラス席はパラソルヒーターで暖まっていて、私の紅茶も彼女の珈琲もまだ冷めていません。 
 クリスマスシーズンの自由が丘は街中に大きなクリスマスツリーが並んでいて、レストランはどこもライトアップされ、きっと運命を信じきっているであろう恋人たちが楽しげに行き交っています。

 私が返答に困っていると、彼女ははっきり「私はあると思う」と言いました。
 初めて会った人にプロポーズしたことがあるから、と。彼女には恋人もいたけれど、その瞬間たしかに運命だと思ったそうです。
 その時、彼に言ったように、いまの私にも「頭がおかしいと思わないでほしい」と言いました。

 衝動的な人だとは思いましたが、私は彼女の頭がおかしいとは思いませんでした。人生にはそういう瞬間もあるかなと思ったからです。
 それより、もしかしたら私のほうが衝動的な人間かもしれません。今日だって彼女は誰だかわからない私といきなり会ってくれたのです。
 私は彼女の描く絵が気になっていました。
ふらりと立ち寄った小さなギャラリーに作品が飾られていて、どんな人が描いているのか気になった私は、受付に置いてあった名刺に記載されたメールアドレスにメールを送ってみたのです。
 そんなわけで私と彼女との出会いは、はじめから衝動的でした。

 しかしプロポーズ相手は衝動的な人間ではなかったようで、その場で断られてそれきりになっているそうです。
「でも絶対運命だと思ったんだよなあ」と、まだ首を傾げています。

 私と洋子さんは初対面なのに話すことがたくさんありました。洋子さんは私より少し年上で、絵を描きながら洋服屋さんでアルバイトをして生計を立てているそうです。
 でも自己紹介はすぐに終わって、運命のこと、インナーチャイルドのこと、自分の創作物に触れた人が自由な気持ちになるためにはどうしたらいいのか……。
 感覚的な話ばかり続きましたが、不思議と彼女が何を言いたいのかわかって、私の言いたいこともわかってもらえている感覚がありました。

 こんなに話が尽きないと思っていなかった私は、今夜忘年会の予定を入れてしまったことを後悔しはじめていました。
 しかし約束の時間が迫ってきていたので、試しに洋子さんを誘ってみたら「行こう!」と、はなから自分が誘われていた忘年会のように勢いよく席を立ちました。
 あまりに勢いがよかったので、なんだか笑ってしまいます。

 忘年会は最近友人が引っ越した代官山のアパートでひらかれました。
 ほとんど私の友人ばかりでしたが、洋子さんは遠慮なく鍋をよそってもらったり、すっかり打ち解けています。
 最初からみんなと知り合いだったみたいに妙に打ち解けていて、すっかり気分が良くなった私たちは際限なく飲み続けました。

     *

 気づくとクッションを枕にして床で眠っていました。
 ブラインドから差し込む明かりが部屋に縞模様をつくっています。時計を見上げると、もうお昼過ぎです。
 何人かはいつの間にか帰宅していて、何人かは同じように床に転がって眠っていました。家主もベッドで眠りこけています。

 洋子さんも帰ったかなと思いながら、しばらく誰かが残した赤ワインを惰性で飲んでいたら、別の部屋から洋子さんが「美容室……」と呟きながらふらふら出てきました。
「美容室?」
 みんなを起こさないように小声で訊くと、夕方から神楽坂の美容室を予約しているのだと言います。

 私たちはふたり揃って、そっと代官山のアパートを後にしました。
 今日も寒い日で、酔い覚ましにちょうどいい澄んだ空気に満ちていました。飲み過ぎて火照った顔を冬の風にさらしながら、ざくざくと歩き続けます。
 代官山駅が見えたけれど、電車に乗る気分じゃなくて、ふたりとも黙って通り過ぎました。

 普段なら通らないような路地裏にある地味な店や、年季の入った看板を見つけるのがやけに面白くて、それぞれ指をさしながら報告し合います。
 次第に喋りながら歩くのが面白くなり過ぎてしまって、「次に駅を見つけたら今度こそ電車に乗ろう」と言い合いながら、それでも駅を通り過ぎていくたびに自分たちを笑いました。
 結局、神楽坂まで二時間近く歩き続けて、「ヘッドスパでも受けなよ」と美容室に誘われました。
 ここまで来たらもはや一緒に行くほうが面白いだろうと思って、そうしました。

 美容師さんに「この人、疲れてるんでお願いします」と笑いながら紹介されて、「疲れてないよ」と笑って返したもののヘッドスパの記憶はほとんどありません。
 少し離れた席で彼女の髪が切られようとしているのを見ながら、座席を倒されて、それからすぐに眠ってしまいました。さすがに床ではぐっすり眠れていなかったようです。

 お互いにすっきりした頭で外に出て、「私この後ライブに行く予定があるんだけど」と言ったら洋子さんはにやりとしました。
「じゃあライブハウスまで一緒に行ってみてチケットが売り切れてたら帰る」
 彼女の提案に思いっきり笑ってしまいました。彼女も言いながら吹き出しています。いつまで一緒にいるんだろう、私たち。
 しかもいまこの状況が面白いのは私たちだけで、ほかの人に説明してもきっと少し驚かれるくらいであろうことが、ますます私たちを嬉しい気持ちにさせました。