強い引力で惹かれ合った数日間

 ライブハウスは代官山にあって、「また代官山じゃん」とか「戻るのかよお」と笑いながら今度は電車に乗って移動しました。
 人気のある公演だったので、チケットは売り切れているはずだったのですが、運よく当日券が出ていて私たちはまだ遊び続けることになりました。 
 大きな音の中で顔を寄せ合って、バーカウンターで何を飲むか相談します。彼女も私もジントニックを選びました。

 終演後、偶然知り合いに声をかけられて打ち上げに参加することになりました。ミュージシャンたちに紛れて、やっぱり自然と洋子さんも一緒です。
 打ち上げは一次会、二次会、三次会、と場所を変えながら、その度に人が減っていって、最終的に私と洋子さんはふたりで朝のファミレスでビールを注文していました。

 渋谷にあるファミレスは私たちみたいな夜通し遊んでからやって来た人たちばかりで、朝日の中でまだ夜の遊び場の雰囲気を引きずっています。
 次第に客層は顔ぶれを変えていって、出勤前の人たちに変わり、ランチをしに来た人たちに変わっていきました。
 私たちは朝ごはんとも昼ごはんともつかないサンドイッチを齧りながら、まだお喋りを続けています。

 近くの席の人たちの会話を聞いて感想を言い合ったり、クレジットカードを出されるたびにレジで困惑している店員さんを見ては「新人なのかな」「不器用なのかな」と言い合ったり。
 どの話も他愛なくて、しかも私たちしか楽しくないだろうと思うと、余計可笑しくなってふたりの盛り上がりに拍車がかかりました。気づけばこんな調子でもう二晩も一緒に過ごしています。

「高いところから夜景を見て飽きたいな」
 私がなんとなしに口にすると、洋子さんがすぐさま「じゃあやろうよ」と言います。
「やろうよって何」
 指先のパン屑を払いながら私が言うと、洋子さんがファミレスの窓の外を指さしました。
 その先には渋谷のセルリアンホテルがあります。
「あそこに泊まろ」
「えっ」
 驚いてみせたけど、その時にはもう本当に泊まるだろうなということが私にもわかっていました。

 昼過ぎにチェックインすると、もちろんまだ夜景は光っていなかったけれど、ベッドメイクされたシーツが白く輝いています。
 私たちは交代で熱いシャワーを浴びて、夜通し飲んだ酒の気配を洗い流しました。バスルームの大きな窓からは、渋谷の街が一望できます。

 バスローブを着て、スマホから昨夜のライブで聴いた曲を流しました。
 洋子さんは楽しげに体を揺らして、それから別の曲を流して私に聞かせました。
 ひとつ曲を流されると、みっつくらい洋子さんに聴かせたい曲が思い浮かんで、彼女もそのようで、いつまでもいつまでも終わりません。

 ベッドの上で座ったり、寝転んだり、曲を聴いてお喋りをして、時々うたた寝しました。
 夕陽が沈んで夜景が見えると「飽きた?」と洋子さんが訊いてくるので、「まだだよ」と笑います。
 しばらく窓際で話していましたが、ベッドに移動すると、ふたりともどちらが先か覚えてないくらい同時に眠りに落ちました。

     *

 翌朝、久しぶりにちゃんと眠ったなと思いながら目を覚ますと、洋子さんがスマホの画面を見て「あっ」と声を上げました。
「やばい、仕事だ」
 天を仰ぎながら「完全に忘れてた……」と呆然としています。
「間に合うかな」「すっぴんでもいいかな」とひとりで喋りながら慌ただしく着替え始める洋子さんを、寝ぼけ眼で眺めていました。
「うわあ、間に合うといいね」
「まあ間に合わなくても大丈夫だと思う」
「どんな職場なのよ」と笑うと、洋子さんが「じゃあね」と言いました。
「うん。じゃあね」
 ホテルの部屋は眩しいくらい明るくて、私は突然ぽつんとひとりになりました。

 運命があるのか、それは未だにわからないけど、もしもあるとしたらあの数日間のことじゃないかと思います。

 あれから数年経つけれど、彼女とは一度も会っていません。連絡も取っていません。
 また会っても、あんなに高揚感に満ちた時間はもう過ごせないと思うからです。
 この四日間のことが特別過ぎて、自分でももう触れたくないのです。洋子さんもそうじゃないかなと、連絡もとっていないのに思います。

 時折、あの日々を思い出します。美容室の店員さんが妙になれなれしかったことや、ホテルのシーツが嘘みたいに白かったこと。洋子さんが笑う時の首を少し傾げる癖なんかを断片的に。

 急にぱあんっとぶつかって、くっついてひとつになるくらい強い引力で惹かれあった数日間。世界にはそういうことがいまでもいろんなところで起きているんだろうと思います。

Text/姫乃たま