絵を描けるといじめられなくて済んだ子どもの頃の話

絵を描いていると必ず言われることがある。
「いつから絵を描いているんですか?」
上手いか下手かはおいといて、絵を描いている人間からすれば「子どもの頃から描いてるに決まってるだろ」としか返しようがない。だから、子どもの頃から……と答えるハメになる。まあ、上手いか下手かは置いといて。

私が絵を捨てなかった理由

みんなはすっかり忘れてしまったようだけど、子どもの頃はみんな絵を描いていた。友達と画用紙にクレヨンでグリグリと描いていたのを今でも覚えている。授業でいつも褒められるのは決まって私以外の子だった。
ところが、男子が女子を・女子が男子を意識し始める年頃になると次第に周りの子たちは絵を描かなくなっていった。私もそのくらいになると初めて己が”昆虫好き”で”鳥博士”で”趣味は化石の採集”であることが恥ずかしくなって、小学5年生くらいには全部無かったことにしたものだ。これじゃあ男子にモテない、恋ができないと思ったのだ。

おんなじような理由で絵を捨てた人もきっといただろう。私は捨てなかった。
絵は防衛手段のための道具としてとても便利だったからだ。あとは他の趣味と比べて得をすることができる。

小学6年生の頃、初めていじめが自分のクラスで起きた。
ほとんど学級崩壊していたんじゃないかというくらいそれは壮絶なもので、女の先生は授業中に泣き出してどこかへ行ってしまうし、標的にされた女子に対する男子たちの仕打ちはもうむごいものだった。
標的にされたのは1人だったが、時々流れ弾がこっちにやってくる。だから女子のみんなはそれに当たらないように必死だった。

地獄で悪夢のような日々だったけれど1つだけ救いがあった。漫画だ。
当時流行っていたのはワンピースとNARUTO。私はNARUTOが好きだった。
あるとき、声をかけてきた男子にカカシ先生を描いてやったことがある。描いたと言っても単になぞっただけ、トレースだ。次の日、それを渡すと男子は大喜び。
「すげー!」「次はこれ描いて!」
そしてまた描いてくる。渡す。大喜び。私は重宝されるようになった。
絵が描けるとなんといじめを回避できるのだ。しかも漫画絵が描けると尊敬される。これはお得だ。

私は大して絵が上手いわけでもないのに、それっぽい漫画絵が描けるというだけで絵が上手い人の扱いを受けるようになった。トレースも別に誰もズルだと言わなかった。どうせなぞるだけなら誰にもできるのにやらない。だからやっていただけだ。
みんな絵を描かないから、描いてる私を頼ってありがたがる。
しかしすごいのは自分ではない。漫画を描いた漫画家のほうだ。それは当時の私でもきちんと正しく理解できていたと思う。

絵を描けるといじめられなくて済むってだけ。
ほかにも、好きな漫画のキャラクターを描くことで他の子と仲良くすることもできていた。
絵を描くのは好きだったけど、かなり人並みだった。もっと上手くなりたいだとか、将来は絵でどうなりたいだとか、この段階ではそういう気持ちは一切なかった。
私は絵より漫画のほうが好きだったけど、漫画も描くことではなくて読むことのほうが好きだった。まあ要するに私はうる星やつらに全てを捧げていたのである。