自分の性別を意識せず、気持ちよく働くには

社会人になってもう数年が経つ。その間に色々なことを経験したし、自分の性別や能力、将来に何度も何度も思考を巡らせてきた。私はたぶんこのまま働き続けるのだ、と。

今の仕事はなかなか好きな方だし、自分には文章を書いて飯を食っていけるだけの才能も魅力もない。だから、この先もどうしたら自分の能力を引き出し、スキルアップを図りながら働き続けられるのか、将来を見通しつつ考えなければならない。けれど、男性に仕事をする相手として好かれ、女性的な立ち振る舞い方を覚えなければ、私はいつかどこかで躓くのではないだろうか。そんな風に考えることがある。

私は、同じポジションの男性とうまく仕事ができた試しがない。それは本職の会社員でもそうだし、文章を書く際の編集者が男性である場合はほぼうまくいかない。他のポジションの人であれば、お互いに譲歩しつつ円滑に仕事をすることができるのだが、同じポジションの人となるとてんでだめだった。デリカシーのない一言や配慮の足りない発言に傷つき、些細な出来事に苛立つ。それがどうしても許せなかったりする。気が合わないなあ、人のこともう少し考えてくれてもいいのに、といつも思う。

別に性別で括る気はなかったのだが、そう思う相手はいつも男性だから仕方がない。仕事をするうえで、好き/嫌いという個人的感情は割り切らねばならないはずなのに、「社会に受け入れられる」ということは、つまり男性から受け入れられ、気に入られるということなんだとつくづく思ってしまう。

日本での女性の管理職はまだまだ少ない。どこの企業のHPを見ても、男性の名前が並び、おじいさんの写真が飾られる。基本的には男性が評価をし、女性が評価をされる立場である(もちろん、例外もたくさんあるだろうけれど)。私や他の女性の働きやすさ、昇給・昇格、社内での評価を男性が握っているということは、この自分の上に立つ男性一人一人に好印象を与えない限り、働きやすさは確保できない。上司にあたる人間が男女半々にならない限り、その下で働く人間が自身の性別を意識することなく気持ちよく働き続けることってかなり難しいことなんじゃないだろうか。

幸い、私の上司は女性だし、良好な関係である。私のことを将来含めてよく考えてくれている。けど、それはただの偶然で、ラッキーなだけなんだろう。もし、他の部署で働いていたら? 別の部署の男性が上司だったら? こんなに長く続けられなかった気がする。

どの会社にいっても私は一種の働きにくさのようなものを多少なりとも抱え続けるんだろうなと思う。でも、いつまで経っても私が社会に馴染めている気がしないのは、私が男性から好かれなくて、男性と一緒に仕事ができないからなんじゃないだろうか。

Text/あたそ

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