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  • 2014.01.28

能年玲奈があぶり出す“くすぶり男子”の臆病な上から目線

“天然系ほっこり女子”に感じるもやもやの正体は?

あまちゃん 能年玲奈 福田フクスケ 恋愛 タレント名鑑 AM コラム
©by PhotoCo.

 昨年、朝ドラ『あまちゃん』のヒロインを務めたことで、またたく間にスターダムを駆け上り、一気に国民的女優になった存在といえば、ごそんじ能年玲奈
(ちなみに「スターダム」というのは、紋切り型の原稿しか書けないライターの頭の中にだけ存在するもので、あえてどんな形のものかと聞かれたら、心臓検診に引っかかったときに再検査で上り下りさせられるあの階段みたいなやつ、あれです)

“天野アキ”ではない能年玲奈本人として、数々のバラエティ番組に出演するようになるや、その独特すぎる素のパーソナリティーが、いわゆる「天然キャラ」「不思議キャラ」として話題になりました。

 長い沈黙も恐れないゆったりしたテンポ感、挙動不審の域に踏み込んだ朴訥な受け答え、付けヒゲを集めているという奇をてらった趣味、アシッド感あふれるヤバい絵のセンス……。

 そのほっこりとした特異な世界観は、バラエティ番組の当意即妙なテンポに慣れきった共演者たちを当惑/翻弄させるとともに、「すれていない素朴で天然な女の子」という印象を与え、新たなファンを呼び込みました。

 しかし、この“天然系ほっこり女子”に注がれる男たちの視線に、もやっとした違和感を覚えた女性は多いのではないでしょうか。
(ちなみに「〜ではないでしょうか」という語尾は、紋切り型の原稿しか書けないライター(以下略)、あえて意訳するなら「裏付けはないけど、ここ共感してくれないと先に進めないから、とりあえず同意してよね」ぐらいの意味です)

 NHKの予定調和の枠内に収まっていた『あさイチ』のプレミアムトークや、タモリとの“おじいちゃんと孫”のようなやりとりが微笑ましかった『笑っていいとも!』では表面化しなかったその違和感は、『しゃべくり007』に彼女が出演したとき、明るみになりました。

「つたない」=「ピュア」=「かわいい」という男の思い込み

『しゃべくり007』といえば、くりぃむしちゅー、ネプチューン、チュートリアルという当代きっての実力派中堅芸人たちが、ゲストとのトークを巧みに盛り上げるバラエティ番組です。

 その回、いつものように質問に対してマイペースの長考に突入する能年玲奈に、くりぃむ上田は「将棋の竜王戦やってるわけじゃないから!」とさすがのツッコミを入れて笑いに変えていました。
一方で彼女も、チュートリアル徳井のイメージを聞かれて「女の子らしくてカワイイ」と答えるなど、その独自の感性を存分に発揮します。

 問題は、彼女が「絵を描くのが好き」という話題になったときでした。
「何の絵を描いてるの?」「お花かな?」「鳥さん?」「カエルさんかな?」
芸人たちが、まるで年端もいかない幼児をあやし、たしなめるような口調で、20歳の成人女性に語りかけたのです。
もちろんこれは、彼女のつたないトークをテレビ的にギャグとして成立させるために、百戦錬磨の彼らがあくまでたまたま選んだリアクションの引き出しのひとつでしょう。

 しかし、彼らのリアクションは、“天然系ほっこり女子”を「かわいいね」と愛でる男たちの中に、ある無意識が存在することをはからずも代弁してしまいました。
すなわち、彼女の「つたなさ」や「あどけなさ」をある種の「頭の足りなさ」ととらえ、それを「ピュア」=「かわいい」と脳内変換している男たちの存在です。
そして、これこそが能年玲奈を愛でる男目線に対する“もやっとした違和感”の正体ではないでしょうか。


 その昔、「不思議ちゃん」といえば、さとう珠緒や小倉優子のような、作り込まれた「ぶりっこ」とニアイコールでした。
彼女たちは異性からも同性からも反感と嘲笑を買っていましたが、当時はまだそれをキャラとして消費する余裕があったように思います。

 ところが、やがておおよその女性がゆうこりんほどではないにしろ、「あざとさ」や「したたかさ」を発揮して、男ウケする「かわいさ」を擬態していることがわかると、そのことに必要以上に警戒心と猜疑心、恐怖心を抱く男たちが出てきます。
彼らは、これまで自分たちが信じてきた「女らしさ」が演出だったと知って、「ぴえ〜〜〜ん、僕たちは騙されていたんだ〜〜〜〜!!!」とショックを受け、その結果、自分の「男らしさ」の根拠や自信までグラグラになって、無駄に卑屈になったり虚勢を張ったり、ミソジニーに陥ったりしてしまいました。

 こうした面倒くさい男性のことを、私は「くすぶり男子」と呼ぶことにしています。

ちっちゃな優越感にすがる“くすぶり男子”よ、目を覚ませ!

 このように男子をくすぶらせた者たちが、「僕たちのことを騙さない」「僕たちでも御すことができそう」という臆病な上から目線ですがりつき、逃げ込んだのが、“天然系ほっこり女子”だったのではないでしょうか。

 能年玲奈や、綾瀬はるか、十代の多くのアイドルなどは、そんな「すれていない素朴で天然な女の子」の代表格。
適当で奔放な発言が目立つローラや、ある時期までの上野樹里なども、「取り繕わない」=「本音で嘘がない」というイメージから、このタイプに属します(吉高由里子も、言ってみればその亜流です)。
今では、このようなタイプこそが「不思議キャラ」と呼ばれるようになりました。

 とはいえ、考えてみれば「つたない」=「ピュア」=「かわいい」という決めつけは、女性に対してとても失礼です。
それは、日本語がカタコトの外国人(たとえば往年のケイン・コスギやチューヤン、ボビー・オロゴンなどのように)に対して、まるで彼らの頭の中までがカタコトであるかのように錯覚し、「かわいい〜」などと言ってしまうあさはかさに似ています。

 聞けば、能年玲奈に対して「愛らしい」という評価がある一方で、「あざとくてイライラする」という同性からのアンチ意見があるようです。
しかしこれは、能年玲奈本人への反感というよりは、自分が優越感を感じていられる「つたなさ」「あどけなさ」にしか「女のかわいさ」を見いだせない、卑屈で臆病な「くすぶり男子」たちに対する失望と嫌悪のように、私には感じられました。

 能年玲奈が、果たして本当に天性の不思議キャラなのかは、どうでもいいことです。
世のくすぶり男子たちが、あざとさやしたたかさも含めた女性の「かわいくなりたいという心意気」(そしてそれは、本来あざとさでもしたたかさでもなく、自然な自意識と欲望のはずです)を肯定できる、柔軟さと強さを持つこと。
それが、男と女が不要な被害者意識を持ってディスり合わずに済む世界への、小さな一歩なのではないかと思うのです。

Text/福田フクスケ

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ライタープロフィール

福田フクスケ
フリーライター。“くすぶり男子”の視点から恋愛やジェンダー、セックスなどを考察。

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