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  • 2014.10.02

アラサー女子が言う「出会いが少ない」の本当の理由

街ですれ違う異性の数も、名刺を交換したことのある人の数もどんどん積みあがって増えていくはずなのに、なぜか「出会いが少ない」「女性ばかりの職場」なんて言い訳に聞こえるせりふをよく聞きます。ファーレンハイトさんが分解するのは「出会えない」の本当の理由。

アラサー女子の「出会い」なんてどこにでもあるでしょ

ファーレンハイト 恋愛 コラム
©taymtaym

 さぁ、今日も人生のくじ引きのような本当の恋愛の話をしようか。

 アラサー女子のわりと深刻な悩みに<出会い>があると思う。
まったく出会いがない人もいれば、出会い自体はあるけどしっくり来ない人としか出会わないというパターンもあるかもしれない。
俺が二十代前半の頃、「年々、出会いは減る」みたいな話を聞いては「そんなもん自分次第だろ」と思ってたんだけど、三十を目前にしたいまになっては多少分かるようになってきた感覚ではある。

<出会い>
はただ知り合うことではないからだ。男と女が"何かが生まれうること"を前提として初対面を交わすこと。

 これが難しくなるメカニズムは俺が書くまでもなく、女性のほうが体感していると思う。
二十代前半のように簡単に浮つくことができない。恋愛と人生は直結していることが身に染みてくる。過去の恋愛が良くも悪くも自分を縛りつける。同世代の男性は、下の世代の女の子をチヤホヤする。結婚をすぐ考えていると男に見せたくない、けど考えてないはずはない。

 ナチュラルなスタンスで異性と接することが難しくなるーこれは本当に根深い。
学生時代から付き合ってきた恋人と20代中盤で結婚するカップルたち。彼女らはこういった感覚に向き合うことなく恋愛を終わらせることができている面では幸福な存在だ。

 さて、男の目線から<出会い>を客観的に見つめたとき、難しさはシンプルだ。"勝ちパターンがない"ことだ。

 まわりで幸せな出会いを勝ち取った人たちを見ても、パターンが一定じゃない。
友達の紹介でドンピシャ上手くいった。合コンで初対面からピンときた。居酒屋で声をかけられた。
上手くいったのは結果論とラッキーで、再現性もクソもない。

 だから、「いつか君も出会うよ」という言葉は「いつまでたっても出会わないかも」の裏返しとして響いてしまう。

 それでも俺が「出会い」についてアドバイスを書くとするならば、が今日の本題だ。

出会いの数を増やすことと
自分の価値観を決めておくこと

①出会いの数はとにかく増やせ

 当たり前のようでこれは本当に大事。友達に呼ばれる飲み会自体が減ってくる、友達の友達も身を固めてフリーの人がいなくなってくる、交流会やクラブでの男の食いつきも悪くなってくる。
それでも足を止めたら本当に終わりだ。
異性との交流に流動性がなくなった瞬間、<恋愛>はできなくなることを覚悟した方が良い。

 別の視点で言えば、それなりに居心地の良いセフレ関係なんかも最悪だ。それが不倫とかそうでないとかは関係がない。
自分が不毛だと思う時間は、新しい出会いに使うべきだ。時間は誰にも平等に与えられた、本当に貴重な財産だ。一般的には時間が経つにつれて女の価値は下がるとされているから。(ただ、"男っ気"自体は悪いことではないから上手く利用するのはアリじゃないかな。寂しい日だってそりゃあるだろうし)

 出会いの数について言っておきたいのは、「いかなる出会いであろうとアリ」ということ。理想の相手を見つけるための正門なんかありはしない。
固定観念を取っ払ってほしい。年収が低いからムリ?バツイチだからダメ?ナンパしてくるような男は全員クズ?それらが自分のなかのポリシーに抵触しないかぎりは、そんなものは素晴らしい出会いを否定する材料になりはしない。
良い相手に出逢えるのであればきっかけやステータスなんてどうだっていい。恋愛はいつだってゲリラ戦だ。

②どんな相手に出会いたいか?

 そこで、だ。以前も書いたように自分のなかの基準、価値観を決めておくこと。
出会い方で相手への評価をブレさせてしまわないように。ここのところがキッチリ出来てないのに漠然とどこかにいるであろう"良い相手"を求めようとするから話がおかしくなる。

 良い相手に客観的な尺度はない。"自分にとって良い相手か"そうでないかだけだ。

 まわりを見渡しても幸せな関係を作り上げた人は、ほぼ例外なく、<自分にとって良い相手>という自覚に誠実になっているだけだ。
それが安心して一緒にいられること、金を安定して持っている、超絶イケメンであること、価値観は色々あるけれど。(まれに相手に気づかせてもらったケースもある)

 だから、これらを決めたあとはそういった人が多そうな場所に足を運ぶこと。
確率論の問題になるけれど、クラブに行って朴訥な女性思いの人に出会うことは難しいだろう。
それを考えずにどこでも良いから出会いを!となると「場違い」になる。

 あとはクラスタ(属性)の問題で、似てる奴らはつながっている傾向がある。
自分は色んな人達と関わるのが好きだから、けっこうクラスタをまたがって交流をするのだけど、やっぱりヤリチンはヤリチンと仲が良いし、文化系男子は文化系で連れている。男の世界内で断絶があることを痛感する。
つまり、「知り合いを紹介」の入り口を間違ってしまうと致命傷になる。このことはぜひとも自覚的に振る舞ってほしい。

最後に

 今日は「出会い方」について語るために、俺の思想ではない一般的な恋愛市場の目線を持ち込んで書いた。
たとえば女性は年齢が上がるにつれて価値が下がるなんて全然そんなことはなくて、むしろ俺自身はハタチそこそこの子は話をしててもつまらないことが多いし、やっぱり色々なことが見えてきているアラサー女子が話をしていて好きだったりする。

 あとは「男が選ぶもの」みたいな視点があるけど、まったく逆でしょう。
たとえばセックスひとつを取っても、男は女に「この人なら良い」と選んでもらわないとセックスすることができない。
根本的に女は男よりも優位性を持った存在だと思う。女性の側が受け身にならざるをえない事情はあって、それがメンドクサイものだなーって感じるけれど。
覆い隠されてしまってるけれど、主導権を持っている立場なんだから、気後れなんかしてほしくないと思う。(これ書いてて、男のまちがった価値観をぶち壊さないと先に進まない気がしてきた…)

 もし漠然とした不安とかあせりとか息苦しさを感じるとして。それは消すことが難しい感情かもしれない。
だけど、新しい相手と出会うときだけはそういったものから自由になってほしい。
自分を縛り付けているものを横において、自分にふさわしい相手かだけを純粋に見つめることで、新しい恋愛は始まるんじゃないかな。

 あ、具体的な「出会いの場」をいちいち書くのはバカらしいので、そこらへんは適当なメディアで見つけてくれれば良いと思います。
今日書いたことを意識してれば、本当に出会いのきっかけなんてどうだっていい。出会いに行くのは、場所じゃなくて人だから。


Text/ファーレンハイト

ライタープロフィール

桐谷ヨウ
脱力系ヤリチン、週末コラムニスト。恋愛コラムで一躍人気ブロガーに。

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