形骸化されたルールの活かし方

東京大学・出口剛司先生 東京大学・出口剛司先生

あと、いただいた質問の「男性から奢ってもらうことで、女性としての価値を感じるのか?」は面白いなと思って。
たしかに割り勘は増えましたが、それでもまだ男性が奢るというルールがあるのは、なかなか変わりにくい性質があるからだと思います。昔のルールであろうと、それに従って人間関係をつくるのは楽ですし、簡単ですからね。
たとえば、男性と女性が飲みに行って、「私も払うから!」と荒波立てるようなことになるより、何となく男性に払ってもらったほうがスムーズにいくだろうと。でもこうやって昔のルールも少しずつ形骸化していくと思うんです。

――もう払わせとけ!ってなったほうが、その場が収まるときありますもんね(笑)

学生に聞いてみたら、「この瞬間をうまく利用して、どれだけスマートに支払いを済ますか男性を値踏みするんだ」って言うんですよ(笑)。
働いている女性にとって、経済的な側面でいったら、「奢ってもらう」ことに実質的な意味はなくなってきていると思いますが、どこまで財布を出させずにスムーズにいけるか、自分がトイレ行ってる間にサッと払ってくれるか、その作法を見て、気の利いたことができる男かどうかをはかっているんでしょう。

――昔のルールが現代にうまく活用されている、いい例ですね。

時代が変わってもルールだけは残る。そして、そのルールをうまく活用して、それなりに読み替えて活用してる。簡単にルールがなくならない理由はこの2つですね。
やがて消えていくかもしれないですが、決して古いルールが抑圧的に作用してるわけでも、奢られることに「女性としての価値」を見出すわけでもなくて、もっと現実は積極的というか、逆転の発想ができてる女の人もたくさんいるんじゃないかなと思うんです。

――なるほど。とはいえ、なかなか真似られるようなロールモデルがいない状況で、どうしたら生きやすくなりますか?

そうですね、社会学者としては非常に難しいクエスチョンですね。今なぜそうなってるかということは説明できますけども…。
あえていうなら、承認のこととか、恋愛のこととかが、社会的な問題として扱われることが大事だと思います。

――社会的な問題になると、なにが変わるのでしょうか。

生きにくいということは、経験したことのない新しい状況にいるということ。つまり解答がないんですよ。だから、なかなか難しいですよね…。

でも、社会的な問題になると、みんなで共感できたり、悩みを共有できたりしますよね。昔、授業で「生きづらさ」について大々的に取り上げたら、学生が合言葉のように「最近、生きづらいよね」と言い始めて…。一見すると、暗い雰囲気になっちゃてるんですけど、でもそれをきっかけに、どことなく共感しあってるんですね。こうして、ごく「自然に」互いを思いやり承認し合う関係ができる。

あと、社会的な問題になる以外には…うーん…こういうことを言うと大学の先生っぽくてすごく嫌なんですが(笑)、今まで人間が積み重ねてきた知恵、特に哲学や文学の中に表現されているものの中に、生き方のモデルがあると思うんです。やっぱり人類史に残る名作は、それなりに深い人間洞察に支えられているはずです。もちろん時代や背景も違うから小説のようには生きられないけれど、そこに登場する生き方や人生観みたいなものは、いろんな場面で役に立つし、深く考えるヒントを与えてくれます。

――何が生きづらくさせているのか、と考えたり…?

たとえば、前回お話した、ホストの男性のためにお金を支払ってるように見えるけど、実はただエースになりたいだけかもしれない、「あの人すごい」と思われたいからその世界にいるだけかもしれないと、「この欲望は他者の欲望なんだ」と気づけたら、次の一歩の踏み出し方も変わってくると思うんですよね。

――そういう視点をもつだけで随分、心構えが変わってきます。

気づいた後にどうするかは、その人の人生の歩み方によるので、万人共通の答えはないと思います。だから、生き方の難しさに気づける道具を自分の中にたくさん持ってるということが大事だと思うんですよ。
そういう観点からみたときに、今はものすごく逆行してる時代だなと思います。