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  • 2017.10.18

日本が初めて直面した「関係性をつくる」ことが難しい今/東京大学・出口剛司先生(後編)

「愛はお金で買えるのか?」…現代を生きる私達が悩み続けた難問に、「承認」「排他的な関係」「居場所」「欲望」「本能」などをキーワードに答えてくださった東京大学の出口剛司先生。インタビューの後編では、承認欲求にまみれた社会で生きやすくなるための方法を伺います。

 愛はお金で買えるのか? 承認欲求を満たしているのでは? という推測からスタートした本特集
後編は、承認欲求が高まっている今どのように生きていくのが理想か、『〈私〉をひらく社会学』『エーリッヒ・フロム――希望なき時代の希望』などの著書がある東京大学・出口剛司先生にお話を伺いました。

日本社会があらたに直面した問題

東京大学・出口剛司先生
東京大学・出口剛司先生

――前編では愛がお金で買えない理由と、承認欲求と上手に付き合っていかなくてはならない、ということを教えていただきました。

そうですね。あと、最近はAIが発達してきたので、「ロボットに心はあるのか」も私の研究テーマなんですけど、もし日常生活をアシストしてくれる初音ミクのような、サービスロボットが登場したら私たちの世界はどうなるのかと考えています。

――AIが承認関係に関与してくる、ということですか?

AIには「ディープラーニング」という、話しかけるとその人にあった反応をどんどん学習していくプログラムがあるので、ある程度は対等なコミュニケーションができるようになるんです。そうすると、話し相手によって反応パターンも違ってくるので、その人だけの特別な存在、「排他的な関係」になりうるかもしれません。

  昔「AIBO(アイボ)」という犬のロボットが話題になりましたが、飼い主はお葬式したり、「献体」と言って部品を寄付したり、まるで「生きてる」「心がある」ように接していました。AIにも同じようなことが起こるかもしれません。今もっとも恐れているのは“ロボットに承認されて満足する世界”、まさにディストピアですよね。でもそういう世界について考えないといけない。

――近い将来にありえそうな話ですね…そうなると、ますますどうやって生きていけばいいのか不安です(笑)。

やっぱり安定した人間関係をつくることじゃないでしょうか。
最近は、職業にしても、友達にしても、恋愛にしても、どうやっていい出会いを「見つけるか」ということに、すごく価値を置いている気がします。時間もなく忙しいし、一歩間違えるととんでもない被害に遭うので、神経を使うことは決して間違っていないんですけどね。

  ただ、1年、2年、3年…と関係性を継続することによって、そこがやがて自分の居場所になるので、承認欲求も沈静化されてきます。
承認欲求自体が悪いものだとは思わないのですが、不安定さは解消してくれるんです。もちろん出会いがないとなにも始まらないのですが(笑)。

――運命の出会いとか、夢見がちだとは分かっているんですけどね(笑)。

ちなみに「恋に落ちる」ってよく言いますけども、恋に落ちるときに感じる感情の激しさは、今まで孤独だった度合いの裏返しにすぎないんですね。つまり、不安の裏返しなんです。だから、そこを運命的な出会いだ、これは恋愛だと思っちゃうのはよくない(笑)。単に自分が今まで寂しかったから感じてるだけなんです。

――なるほど(笑)。そうなると、これからは「関係をつくる」手法を身に着けなくてはいけませんね。

今までは生き方が決まっていましたから、「デートのときはこうする」とか、「結婚して家族生活はこうやって営む」といった暗黙のルールに従えば、苦労をしなくても関係性を作れた。まぁそれが男性中心主義だったわけですけど(笑)。

  今は働く女性が増え、家事しない男性はほとんどいない時代になって、これまでのやり方では通用しなくなってきている。だから今、どうやって関係性をつくっていくかっていうのは、初めて日本社会が直面した事態かもしれないです。

形骸化されたルールの活かし方

東京大学・出口剛司先生
東京大学・出口剛司先生

あと、いただいた質問の「男性から奢ってもらうことで、女性としての価値を感じるのか?」は面白いなと思って。
たしかに割り勘は増えましたが、それでもまだ男性が奢るというルールがあるのは、なかなか変わりにくい性質があるからだと思います。昔のルールであろうと、それに従って人間関係をつくるのは楽ですし、簡単ですからね。
たとえば、男性と女性が飲みに行って、「私も払うから!」と荒波立てるようなことになるより、何となく男性に払ってもらったほうがスムーズにいくだろうと。でもこうやって昔のルールも少しずつ形骸化していくと思うんです。

――もう払わせとけ!ってなったほうが、その場が収まるときありますもんね(笑)

学生に聞いてみたら、「この瞬間をうまく利用して、どれだけスマートに支払いを済ますか男性を値踏みするんだ」って言うんですよ(笑)。
働いている女性にとって、経済的な側面でいったら、「奢ってもらう」ことに実質的な意味はなくなってきていると思いますが、どこまで財布を出させずにスムーズにいけるか、自分がトイレ行ってる間にサッと払ってくれるか、その作法を見て、気の利いたことができる男かどうかをはかっているんでしょう。

――昔のルールが現代にうまく活用されている、いい例ですね。

時代が変わってもルールだけは残る。そして、そのルールをうまく活用して、それなりに読み替えて活用してる。簡単にルールがなくならない理由はこの2つですね。
やがて消えていくかもしれないですが、決して古いルールが抑圧的に作用してるわけでも、奢られることに「女性としての価値」を見出すわけでもなくて、もっと現実は積極的というか、逆転の発想ができてる女の人もたくさんいるんじゃないかなと思うんです。

――なるほど。とはいえ、なかなか真似られるようなロールモデルがいない状況で、どうしたら生きやすくなりますか?

そうですね、社会学者としては非常に難しいクエスチョンですね。今なぜそうなってるかということは説明できますけども…。
あえていうなら、承認のこととか、恋愛のこととかが、社会的な問題として扱われることが大事だと思います。

――社会的な問題になると、なにが変わるのでしょうか。

生きにくいということは、経験したことのない新しい状況にいるということ。つまり解答がないんですよ。だから、なかなか難しいですよね…。

 でも、社会的な問題になると、みんなで共感できたり、悩みを共有できたりしますよね。昔、授業で「生きづらさ」について大々的に取り上げたら、学生が合言葉のように「最近、生きづらいよね」と言い始めて…。一見すると、暗い雰囲気になっちゃてるんですけど、でもそれをきっかけに、どことなく共感しあってるんですね。こうして、ごく「自然に」互いを思いやり承認し合う関係ができる。

  あと、社会的な問題になる以外には…うーん…こういうことを言うと大学の先生っぽくてすごく嫌なんですが(笑)、今まで人間が積み重ねてきた知恵、特に哲学や文学の中に表現されているものの中に、生き方のモデルがあると思うんです。やっぱり人類史に残る名作は、それなりに深い人間洞察に支えられているはずです。もちろん時代や背景も違うから小説のようには生きられないけれど、そこに登場する生き方や人生観みたいなものは、いろんな場面で役に立つし、深く考えるヒントを与えてくれます。

――何が生きづらくさせているのか、と考えたり…?

たとえば、前回お話した、ホストの男性のためにお金を支払ってるように見えるけど、実はただエースになりたいだけかもしれない、「あの人すごい」と思われたいからその世界にいるだけかもしれないと、「この欲望は他者の欲望なんだ」と気づけたら、次の一歩の踏み出し方も変わってくると思うんですよね。

――そういう視点をもつだけで随分、心構えが変わってきます。

気づいた後にどうするかは、その人の人生の歩み方によるので、万人共通の答えはないと思います。だから、生き方の難しさに気づける道具を自分の中にたくさん持ってるということが大事だと思うんですよ。
そういう観点からみたときに、今はものすごく逆行してる時代だなと思います。

生き辛さの原因に気づく手立てをもつ

東京大学・出口剛司先生
東京大学・出口剛司先生

――逆行、ですか?

自分の生き方とか人生について深く考えると、「この人、暗いんじゃないか」「そういうことやっても意味ないんじゃいか」って思われたりするじゃないですか。
私は文学部の社会学研究室所属なので、生き方や人生観、歴史、哲学、人間の行動について学んで深く考えていても、これらは財やサービスに変換できないので、「それはあなたの趣味でしょ」「あなたの興味関心で、ここには関係ないから」と価値を認めてもられない社会になっているなと感じるんです。

――すぐ「価値がない」って切り捨てられる感覚、なんとなく分かります。

この本(『〈私〉をひらく社会学』)は、夏目漱石とかフローベールといった小説が素材になっていますが、それらの小説を読めば、みんな気づけるはずなんです。でも、「試験に出すぞ」って言わないとなかなか読まないし勉強しない(笑)。
だから、生きづらさの原因に気づけるような機会をつくることがこれから先大事です。その問題をどう解決していくのかっていうのは、その人の今まで生きてきた歩みによって影響されるし、置かれている状況も違うので、100%共通の答えはないです。ただ、蓋を開けてみれば、ヒントはいっぱいある。

――:ああ……なるほど。ちょっと希望が見えてきました……。

私なんてこういう仕事してますので、自分が高校時代や大学時代にずいぶん本に助けられたこともあります。
もちろん古典的な文学作品だけじゃなくて、映画でもミュージカルでもいい。そういうものに触れて、自分自身を振り返る機会があれば、大学で推奨されてる本じゃなくても(笑)、別にいいと思うんですよね。もっと言えば、人と話すのが一番勉強になりますね。

――それは身近な友人でもいいのでしょうか?

そうです。何気なく友達が言ったことが、実は長編小説と同じぐらい大事なことってありえる話だと思うんですね。だから、自分の中で常にアンテナを持っておくことが大事。「聞く力」というのでしょうか。聞くための姿勢を身につけ、そこから学んで、発見して、自分の問題として引き受ける。
ただ単に、感覚的に楽しいとか、癒されるだけじゃなくて、そのことは自分にとってどういう意味を持つのだろうかという視点で耳を傾けることが、生きづらい時代の原因に気づかせてくれるし、一歩踏み出すときのサポートになってくれるかもしれないです。

――良い!悪い!って瞬発的に、感覚だけで判断してしまっていました…。

現代社会は、つねに人を良い、悪い、価値がある、ないといった基準で評価する社会、いうなれば「隠れるところがない社会」ですからね。いろんな経済的な状況や政治的な状況が関係してるのかもしれないですが、自分ひとりポツンと物事を考えてみたりとか、人の目から逃れられるような隙間のある社会じゃなくなってきたということでしょう。

――つねにSNSなどで人の目に晒されますし、ますます承認欲求も高まる…といった悪循環な状況に陥ってるのかもしれませんね。

承認欲求とか、社会が忙しいとか、業績が求められるっていうのは、必ずしも悪いことではないと思うんです。それがあるからこそ社会は発展していくし、いろんな問題を抱えながらも良くなっていくはずなんですが、それとバランスをとるような領域や世界が必要なんだと思います。
だから、身を隠す空間として、ホストの世界も、歌舞伎町や六本木的な世界があってもいい。そういった外側の世界との境に1つの区切りみたいなものが必ずあって、自由に行き来できることが大事なのかもしれないですね。


【完】

Text/AM編集部

出口 剛司(でぐち・たけし)
東京大学大学院人文社会系研究科准教授。
主な著作:『エーリッヒ・フロム――希望なき時代の希望』(新曜社)、『〈私〉をひらく社会学』(共著、大月書店)、最新刊に『私たちのなかの私――承認論研究』(アクセル・ホネット著・訳、法政大学出版局)がある。

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