中国・纏足=小さな足に関するフェチニズムVol.3

こんにちは! セックスに詳しいジョージ博士の時間じゃぞ。前回のVol2.古代ギリシャの奔放で開放的な性の世界は、世界で年間セックス数1位を誇るギリシャの秘密が垣間見れるようだったな!

今回は、日本に似ているようで全然違う、中国で行われていた不思議な風習をクローズアップしよう。

Candid - Lady in a Blue Dress By Albert K Law Candid – Lady in a Blue Dress By Albert K Law

痛くて辛い纏足文化…一体なぜ!?

みんな、纏足という言葉は、歴史の授業で一度は聞いたことがあるじゃろう。纏足とは清代末まであった、女性の足を幼女の頃から矯正し、小さくするという風習だ。
具体的に一体どうやるかというと、足の親指以外を下に折り曲げて、長い布で巻き固く縛り、そのまま数ヶ月~数年過ごすのじゃ。その後は、まるでハイヒールをはいてそのまま固まったような不自然に折り曲げられた足になる。 しかし、それでも女性は親に無理やり纏足させられてしまうのじゃ。平均的なサイズは10~13センチだそうだ。矯正期間も痛くて眠れなかったり、矯正後は足腰に影響も出て二度と走れなかったりと女性にとっては大変辛くいやな風習だ。
しかし、それでも女性は親に無理やり纏足させられてしまうのじゃ。なぜそんなにも、当時は小さい足にこだわる必要があったのか?

皇帝の大好物だった“小さな足”

纏足

当時の中国では、女性の地位はかなり低く、結婚しないと自立して生活することは不可能だった。そのため、男性に好まれる“小さな足”に矯正することは免れなかったのじゃ。母親たちは痛がる娘を可哀相に思いながらも、纏足しなければもっとみじめで可哀相なことになるため、泣く泣く足を縛ってやったのだ。
そもそも男性たちが小さな足を好むようになった原因はというと、李煜(りいく)という南唐最後の皇帝が小さい足を好み、宮中の舞姫を金蓮台で舞わせた際、足を布で縛り三日月上に躍らせたことにあるという。しかしこれだけであれば、中国全域に爆発的に広まってしまうこともなさそうなのだが、李煜は「詞」という文学の大成者でもあり、いわば文化人=民衆の憧れでもあったのだ。そんな彼が好きな纏足ってー!? という風に市民にもどんどん広まっていってしまった、というのが纏足の経緯なんじゃよ。

纏足=重度の足フェチ!?

そしてさらにその文化は成熟していき、殿方たちは文化というだけでなく、性的な意味で心から纏足が大好きになっていったんじゃ。纏足することで内ももが鍛えられ、性器が締まったり、しなやかに歩く姿が可愛らしいという間接的な良さもあるのだが、その小さな足自体に彼らは深い魅力を感じていたのだ。
その証拠として、女性の纏足を愛おしむ方法は四十八手のように様々なパターンがあったようじゃ。総称して「玩蓮」とよばれていて、たとえばいくつかわかりやすいものをあげると、「擁」は足を抱きしめて楽しむ、「捻」ひねって楽しむ、「呑」呑み込む・・・なめまわすようなニュアンスじゃろう。そして「玩」、これはその小さな足で殿方のペニスをこするという技じゃ。当時の人々は纏足された足を“性器”のひとつとして捉えていたむきもあるようだ。女性たちは夜寝るときも纏足用の靴を脱がず、常に足を隠していた。それを脱がされ裸の足を見られるのはとっても恥ずかしいことで、そこに男性たちも興奮をおぼえたのじゃろう。さらに高貴な男性は、その纏足の匂いも楽しんでいたそうだ。これはもう完全なる足フェチじゃ。しかも重度な・・・。
やはりフェチズムは人間とは切っても切れない存在じゃな。そういうことにしておこう。女性のみなさんも自分のフェチズムをもっと大切に前にだしていくべきじゃぞ! よろしく頼む。

■古今東西!セックスでわかる世界の不思議 まとめて見る