「脚ピン床オナ」の実家暮らしから、ひとり暮らしに変わったら?

実家暮らしで鍛えた脚ピン床オナニー

ベッドの上にうつぶせに寝ているサムネイル画像 Wokandapix

 ひとり暮らし歴22年の筆者ですが、正確に言うと22年間のうち3年間だけひとりではなかった時期があります。新卒で入社した会社の赤羽寮に入っていた1年間と、弟・妹と3人暮らしをしていた2年間です。教訓から先に書くと、「色恋を活性化させたいならひとり暮らしが一番!」です。勢い余って結論から先に書いてしまいましたが、できれば最後までお読みくださいね(笑)。

 盛岡にある筆者の実家は4LDKなので、そこそこ広い間取りなのでしょう。が、両親+4人きょうだいにとっては、広いどころか、狭いのが現実。部屋1は父、部屋2は母、部屋3は筆者と妹、部屋4は弟Aと弟Bという割り振りが高校を卒業するまで続きました。

 余談になりますが、こういった住居環境だったからこそ、服も脱がず陰部にも触れずに昇天できる脚ピン床オナニーが、カラダに染み着いたのだと思います。エロい気分になっても、部屋には妹の存在がありますから、パンツを脱いでどうのこうのするわけにはいきません。そのようなオナニーには不利な環境下、筆者は着衣のままうつ伏せに寝っ転がり、じゅうたんに股間を擦りつけることでイク方法に辿り着いたのでした。私ったら天才……とは言いませんが(笑)、要するに人間とは、環境に順応する生き物ということなのでしょう。

 話を戻します。高校を卒業するまで、「自分の部屋」を持ったことのなかった筆者は、短大進学にあわせてひとり暮らしできたことが、そりゃもう嬉しくて嬉しくて嬉しくて! 一国一城の主になった気分でした。

 オナニーも、やりたい放題です。しかも、当時の神戸には「サンテレビ」という、関東でいう「テレビ東京」のような放送局が、「おとなのえほん」などエッチな深夜番組をじゃんじゃん流していたご時世! オナニーするには最高の環境下となった筆者。

 確かに、オナニーライフとしては申し分なかった2年間でした。しかしオナニー以外の観点から言うと、いざひとり暮らししてみると、けっこう寂しいんですよね。ホームシックってやつですよ。そのため、しょっちゅう近くの電話ボックスへ走り、実家へ電話をしていました。

 ですから、短大を卒業し、会社の寮に入ることになった際は、「これでもう寂しくないぞ!」と、どこか安心した気持ちになったものです。オナニー環境としてはマイナスになりますが、当時の筆者は寂しさを埋めることが最優先事項! そして確かに、寂しさは埋めることができました。しかし人間とは勝手な生き物で、数ヶ月もすると再び、「ああ、ひとり暮らししたい」という欲求がムクムク湧いてくるのです。