長い丸”はなぁに?

 小さな子供のこと。
集中力は長続きしない。
何か、“もぞもぞ”とし始めたのか、見咎めた母親が、
「ママのお話ちゃんと聞いてるの!?」
全く、一々煩い女である。
「もういい!折角、ママが“お耳”付けて産んであげたのに、もう知らない!!」
聞くに堪えない。
「“お耳”がなければ、お前の小言も聞かずに済んだわ!」
小さな男の子に、そんな“返し”は望めない。

 「この“長い丸”のは?どうして描かなかったの!?」
話題は次の設問へ。
「“ねこさん”にだって、“飛行機”にだってできるでしょ!?」
「ちゃんと、練習したでしょ!」
創造性を練習していいものなのか。
甚だ疑問である。
「“長い丸”は何に出来ますか?」
執拗に繰り返す母親。
(“長い丸”?知らんがな……うんこやうんこ!うんこでえーよ!!)
声には出さず、毒づく僕。
すると、男の子は、自棄(やけ)になったのか、
「うんこ!!」
……驚異のシンクロ率。
僕が“エヴァンゲリオン”なら、ぜひ彼にパイロットとして搭乗して頂きたい。

  「もう嫌だ!ママは帰ります!!」
店中の人間が、
「やったー!帰れ!!」
そう思っただろう。
実際、彼女が席を立ったのは、注文していた“ウニの釜めし”を平らげた後だったが。

 “お受験”は否定しない。
しかし、「○」をどうこうすることが、子供の“創造力”を豊かにする・・・そう信じている人間にしては、自分の言動で子供が受けるストレスの悪影響、それに対する“想像力”が貧し過ぎる。
いかがなものか。

 しばらくして、ようやく合流して来た、妻と娘。
試しに、手帳に“細長い丸”を描いて、娘に見せる。
「しゃぶしゃぶおにくーーー!!!」
我が家の定番“豚しゃぶ”、その主役を連想したのか。
僕の採点では、「○」……満点である。

※2016年6月18日に「TOFUFU」で掲載しました。

Text/山田ルイ53世