「まちがえないでよ?」5歳の娘のネタ振りに応え続けた結果/山田ルイ53世(髭男爵)

先日。

僕は自転車を漕いでいた。

近所の公園の砂場で小一時間遊んだ、その帰り道である。

誤解の無いよう先に言っておくが、勿論一人ではない。

いや、想像して欲しい。

その日、僕は仕事が無く休みだったが、世間様は平日の真っ昼間。

加えて当方、40過ぎの中年男である。

それが一人、公園の砂場でお山にトンネルを開通させ悦に入る……漫画『黄昏流星群』であれば、

「えー、気が付いたらここに。私はトンネル専門でねー……若い時分から大きなプロジェクトにいくつも携わりましたよ……」

長年尽くした会社に首を切られ、人生の意味を見失った元大手ゼネコン取締役を主人公に据えた、哀愁漂う展開も望めるだろうが、現実はそんなに"黄昏て"などいない。

僕とて、春休み中の5歳の娘と一緒でなければ、周囲のママ達に不審者と見做され、即座に通報されるに違いないのである。

そういうわけで、今、自転車の後ろには娘がチョコンと座っているが、"電動"なので漕ぐのに体力は必要ない。

しかし、幾つか苦労はあった。

普段は妻が愛用している代物なので、ハンドルやサドルの位置が小柄な彼女に合わせてかなり低めに調節されており、僕には少々窮屈である。

おかげで、ペダルを漕ぐたび胸の辺りまで左右交互に膝が突き上がってくるので、速度を上げようと体を前に倒すと、危うく自分で自分の顎を砕きそうになる。

窮屈といえば、周囲の目もそう。

体重130キロの髭面の男が、小さな自転車に跨る姿は、もはや"サーカスの熊"……傍目には、さぞかし滑稽に映ることだろう。

更にもう一つ、僕たち親子は自転車に乗る際、少々面倒な問題を抱えていた。

ある時から始まった、父と娘の間の"ノリ"の存在である。

遡ること、三ヵ月ほど前。

その日も僕は娘を後ろに乗せ自転車を走らせていた。

近所のコンビニで所用を済ませ、自宅に戻る途中である。

あと一つ角を曲がれば我が家に到着……そんなタイミングで、

「パパー!おうちはココまがるんだよー!!」

背中越しに娘の声が聞こえた。

勿論、わざわざご教授頂かなくとも心得てはいるが、この春から"年長さん"になる彼女は、口には出さぬものの、最近特に"お姉さん"アピールが激しく、

「ちゃんとお家へ帰る道も知ってるよ!凄いでしょ!?」

と言いたげである。

娘の面子を潰すのは親としても心苦しい。

「ありがとー!分かったー!!」

彼女に礼を述べると、僕はコーナーを曲が……らずに直進した。

僕達の自転車は家から遠ざかって行く。

「ギャー!パパー!?まちがえてんじゃーん!!」

閑静な住宅街に響き渡る、娘の叫び声。

とは言え、それは決して不満げなものではなく、

「なになにーー?キャキャキャキャキャ!!!」

と大はしゃぎしていることからも分かる通り、突如始まった大冒険に胸をときめかせているような喜びに満ちていた。

"曲がってよー?ちゃんと曲がってよー!?"→"真っ直ぐ行く!"→"ギャー!!"……奇しくも出現した、バラエティー番組でお馴染み、"熱湯風呂"の"押すなよー押すなよー!!"に似た状況。

断っておくが、僕は別に、

「いやー、職業病ですわー!曲がれと言われると、真っ直ぐ行ってしまうんですよねー!」

"骨の髄から芸人ですねん!テヘヘ!!"などと暑苦しくアピールするような人間では全くない。

娘と二人して買い物に出掛ける場合、普段であれば、

「ママには内緒だよ!」

とちょっとしたお菓子を買い与えたりするのが常なのだが、生憎、昼ご飯の前だったので、その時は控えていた。

当てが外れ、ガッカリした様子の彼女が可哀想になり、

(このまま家に帰ったら、つまんないだろうなー……)

と少し遠回りをして帰ることにしただけである。

あくまで偶然。

恐るべきは、やはり件の熱湯風呂のシステムと言えよう。

お笑いのイロハなど知るはずもない小さな子供が、意図せず発生した構図に、本能的に面白さを嗅ぎ取り大笑いするのだから、そのご利益は凄まじい。

とにかく。

それ以来、娘はあの味を忘れられぬとばかりに、自転車で出掛けた帰り道、自宅への最終コーナーがやってくると、

「パパー、まちがえないでよー!?」

と一丁前に"ネタフリ"をするようになった。

「あー!しまったーー!!」

毎回ワザとらしく声を上げ、曲がるべきところを真っ直ぐ行けば、

「もー!まちがえたらだめじゃーん!!キャキャキャキャキャ……」

と大ウケする彼女……なんとも馬鹿な親子だが、この父と娘のやり取り、一種の共犯関係は、僕の胸を甘酸っぱい想いで満たしてくれる。

気分が良いので、二人の定番のノリとなった。

しかし、いくら楽しい掛け合いでも、エスカレートすれば厄介となる。

子供は加減を知らない。

今では、自宅手前のコーナーに限らず、曲がり角さえあれば、

「まちがえないでよー!?」

と娘のフリが入る有様。

これが悲劇を生むことになった。