娘から父への二つの苦情/山田ルイ53世

「パパ―!ももちゃんのおかしたべたでしょー!もー!!」

突如、目の前のドアが開き、娘がトイレに踏み込んで来る。

「FBI!!!!」

米国の捜査機関さながらの突入劇。

迎え撃つ僕はといえば、便座に腰掛け用を足している真最中。

しかも、“大きい方”が途中まで……という正念場の局面である。

僕のお尻は、丁度、『葉巻を咥えたマフィア』のような格好だが、お構いなしの娘は、

「なんでパパはももちゃんのおかし、いっつもたべちゃうの!?」

と追及の手を緩めようとしない。

一刻も早く一人になりたかった僕が、

「……ゴメンねー……」

下同様、絞り出すようなか細い声で謝れば、

「いいよー!」

納得には程遠い不満げなトーンではあったが、随分あっさりと立ち去ってくれた。

余談だが、最近の子供は、相手が謝罪を口にすると、

「いいよー!」

と反射的に言うよう訓練されている。

幼稚園は勿論、毎月送られてくる子供向けの教育雑誌も推奨するこのシステム。

いや、確かに“赦す”という行為は美徳だが、三、四歳の小さな時分から、キリストレベルの処世術、その心得を仕込まれるのは如何なものか。

人一倍“世知辛さ”を味わい尽してきた身としては、我が子を聖人に仕立て上げ、牙を抜き、防御力ほぼゼロの状態で社会に送り出すことに一抹の不安を覚える。

あと、罪悪感も。

常々、不気味に感じていた“ノリ”ではあるが、今回はむしろ福音。

ドアを“バタン”と閉める音が、

「ボチャン……」

“葉巻”が水面を叩く気配を完全に掻き消し、娘の耳に入れずに済んだ。

話しを戻す。

子供界の不気味なノリと言えばもう一つ。

彼らは事あるごとに、お菓子を“交換”する。

「わー、○○君に良いの貰ったね―!」

「ほら、“ありがと―”は?」

母親達に促されるまま礼を述べ、思い思いに持ち寄ったお菓子を交換し食べるのである。

プール等の習い事の後、帰路に就く前の暫しの歓談の時間に繰り広げられるこの光景。

これがどうもマストらしく、それに備えて、各家庭ではお菓子の備蓄が欠かせない。

自分の幼少期には無かったその“ノリ”に少々戸惑い、

「面倒な事を……」

と思わないでもないが、彼らは件の儀式で人間関係の初歩を学ぶ。

何かしらの効果、実績があってのこと。

文句はない。

あるいは、子供達の為と言うより、ママ友同士の交流を円滑にする為の方便かもしれぬが。

中々気を遣いそうである。

毎回、“ヨックモック”と言うわけにもいかないし、密林に住む珍しい蛙顔負けの、着色料をふんだんに使用したものも歓迎されぬ。

貧相かつ妙なお菓子では、交換先の子供のテンションも下がるだろう。

「○○さんの所は、いつも変なお菓子ばっかりだね―!」

と親に陰口を叩かれ、距離を置かれる羽目になりかねない。

その塩梅は非常に難しい。

我が家の定番は、お菓子の小袋が五つか六つ帯状に連なったもの。

ミシン目が入っており、簡単に切り離せるようになっている。

その小さなお菓子を、娘に黙って頻繁に摘み食いしていることに対する苦情が、冒頭の場面を引き起こしたというわけ。

彼女には悪いが、作業の合間に小腹を満たしたり、晩酌のお供にするのに最適なのだ。