たまにはテーマを先に言おう。
「夫に言いそびれてること(課金額以外)」だ。
課金を封じられると、これと言ってないのだが、その課金額すら、すでに夫は知っている気がするし、妻が萌え豚ソシャカスクソ野郎だということも大体把握しているはずだ。
一度、課金額について尋ねられたことがある。
しかし具体的な金額は言わず、メスクソオタゴリラらしく「たくさん」と答えた。ゴリラにとって3以上はたくさんである。それ以上のことはわからぬ。
しかし、ある日、某週刊スピリッシ(仮)という漫画雑誌にエッセイ漫画が掲載された。
その中で「某ソシャゲの某キャラに○万使った」と描いたのだ。
もちろんアンサーは「FGOの土方さんに17万使った」である
だが、スピリッシは夫も読んでいるのだ、私が産廃課金奴なのは薄々感づいているだろうが、それでも17万は引くだろう。余裕で1ヶ月は暮らせる額だ。つまり「一か月分の命を捧げた」と言って過言ではない。
私にとっては4年3カ月ぐらい捧げる価値があるものだが、それを他人が、まして家計を同一とする人間が理解するとは思えない。むしろ逆の立場だったら、怒りを通りこして純粋な「恐怖」だと思う。
その17万が一世一代の大博打だった、と言うなら、そこまで大きな数字ではない。
しかし博打というのは依存性がある。
「一生のお願い」という言葉を使う奴は、その後も年一ペースで一生のお願いを繰り出しつづけるだろう。それと同じように「これが最後の大勝負」と言いながら、ラストギグを死ぬまでアンコールし続けるのがギャンブル依存症という奴だ。
つまり、「欲しいキャラのために十数万」をこれからも繰り返す可能性がある、ということだ。
それに関してはNOとは言い切れない、何故なら私は、萌え豚ソシャカスゴリラ課金メス産廃だからだ。
未来のことはわからぬ。二次元に関しては股間の思し召しどおりに生きたいと思っている。これから先、股間に天啓を下すキャラが現れれば、自ずとまた回してしまうだろう。
例え両手両足を拘束され、何か面白いマスクをつけられた状態でも、拘束を解かれた一瞬の隙に看護婦に噛み付き、顎を噛み砕いたあとガチャを回す。
依存症というのはそういうものであり「本人が異常に気づく」まで回復はない。
今そういう状態かというと、その17万以来、無課金のまま数ヶ月たったので、何とも言えない。しかし、自分の家族がそういう状態に陥っているのでは、という疑念と恐怖を夫に与える。よって額に関してはぼかして書いた。
その後、その原稿は雑誌に掲載された。
私は、自分の原稿を雑誌で確認することがない。何故なら自分が描いた通りのものが載っているからだ。よって封さえ開けないので、全て夫が、開封、拝読、廃棄まで担っている。
その原稿も私は雑誌で見ることがなかった。しかし、掲載されたページの一部分がネットにアップされているのを見て、私は驚愕した。
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