男の言い分コラム・勝手にタレント名鑑 第2回: 佐々木希という空虚なブラックホール

第2回: 佐々木希という空虚なブラックホール

最初に菊川怜の話をしますが我慢してください

By masterq By oki_jappo

 『とくダネ!』のキャスターが7月から菊川怜になった!
「!」をつけるほどの話題ではないと、誰もがお思いのことでしょう。
しかし、かねてより「菊川怜の門出を見守る会」、通称「菊門会」を結成して彼女の挙動に注目していた私としては、これは願ってもないとびきりホットなトピックなのです。
 東大卒の才媛のはずなのに、わけもなくなーんか残念。
これが、世間一般の菊川怜に対する評価ではないでしょうか。
知識もあって頭もいいし、自分の意見もしっかり持っていて、本来テレビのキャスターやコメンテーターとしては適任のはずなのに、彼女が話し出すとなぜか「とんちんかん」「空気が読めてない」「ノリがズレてる」といった印象が先に立ってしまいます。

 その原因は、彼女の「ポカン顔」にあると思います。
言うまでもなく、皆藤愛子の「困り顔」、石原さとみの「ポカン顔」、ももクロ百田夏菜子の「ウヒョ顔」は、私たち男性が愛してやまない「日本三大萌えフェイス」ですよね(異論は認めます)。
しかし、菊川怜の「ポカン顔」は、石原さとみの愛らしいそれとは違い、ある種の空虚さを抱えた「心ここにあらず」の顔をしているのです。

 そして、彼女の空虚さの正体を読み解くもうひとりのキーパーソンこそ、今回のコラムの真のテーマである佐々木希その人なのです(おでんに入っていると嬉しいちくわぶですが、ちくわぶだけでメインのおかずにはならないように、いくら「菊門会」の私と言えど、菊川怜だけでコラム1本を書き抜いて、PVを稼ぐ自信はなかったのです)。

芸能界が生んだ高性能サイボーグ・のぞみん

 秋田県でショップ店員として働いていた佐々木希は、2005年に『週刊ヤングジャンプ』の素人美少女発掘企画でスカウトされ、翌2006年に同企画でグランプリに輝きます。
同じ年には女性ファッション誌『PINKY』のモデルオーディションでもグランプリを受賞。
男性向けのグラビアアイドル系コンテストと、女性向けのファッションモデル系コンテストの双方でグランプリを獲得するという、前代未聞のシンデレラストーリーを駆け上がりました。

 秋田美人を地で行く端正な顔立ちと、お人形さんのような完璧なスタイルでたちまちトップスターになった佐々木希。
しかし、映画やドラマで女優として演技をしたり、バラエティ番組でコメントや司会を求められるようになると、その美脚と同時に馬脚をも現すようになります。

 無感情なセリフ、オートマティックな司会進行、コールセンターの自動応答のような受け答え。
文字通り“お人形のような”彼女には、とにかく“気持ち”がないのです。
缶チューハイのCMで、「つぶつぶ食感なんだよーっ」と無機質に言い放つ彼女の“やらされ感”そして“やけくそ感”に、戦慄すら覚えた人は少なくないはずです。

 あの芦田愛菜ちゃんだって、芸能界における自らの立ち位置や、求められている役割について、周囲の期待を敏感に察知し、計算や空気読みをしているでしょう。
しかし、佐々木希にはそういった“意志”を感じません。
楽屋に戻って疲れた顔を見せる愛菜ちゃんや、マネージャーに愚痴をこぼす愛菜ちゃんは容易に想像できるのに、なぜでしょう、佐々木希にはそういった“人間らしさ”を想像することすら難しいのです。

 彼女は24歳にして、いまだ自我に目覚めていないのかもしれません。
いや、ひょっとして彼女は、芸能界が最高水準の科学技術を駆使して作り上げた、めちゃくちゃ高性能なサイボーグなのではないか。
彼女の言動がすべて高度にプログラミングされたものだと考えれば、多少の不具合にも説明がつくし、すべてのつじつまが合う気がしてきませんか?

 そんな妄想をしてしまうほど、私は彼女のつぶらな瞳の奥に、おそろしく空虚でからっぽな闇を感じるのです。

ちくわぶと大根のポテンシャルの違い           

Chad Buchanan by Ryan Abel By Ryan Abel By [puamelia]

 菊川怜の空虚さは、東大卒という自意識の高さゆえ、“自分がしゃりしゃり出たい”という気持ちから周囲の空気が読めなくなっていることに起因します。

 彼女は、共演者や視聴者ではなく、常に自分の心や自意識と対話をしているために、周囲から見ると“心ここにあらず”に見えるのです(あと、単純に不器用でテンパっているという説もあり、近年の「菊門会」の見解ではむしろそちらのほうが主流ですが、今回は割愛します)。

 しかし、佐々木希の空虚さは、それとはまったく別のものです。
彼女には、主張したい自意識がありません。考える自我すらないと言っていい。
ただひたすら美しい、容れ物としての身体があるだけです。

 しかし、世の男性が“穴があったら入れたい”と思うように、“空っぽなものは満たしたい”と思うのが人の心。
彼女はその莫大な空虚さで、人々の夢や妄想をブラックホールのように飲み込み、一方で私たちはそんな彼女のからっぽな愛らしさを、思い思いの理想のアイドル像で満たしているのではないでしょうか。

 おでんのメイン具材といえば大根ですが、大根はそれ自体の味ではなく、おでんつゆのうまみを吸い尽くすことでおでん界のトップスターにのぼりつめました。
佐々木希もまた、芸能界というおでん鍋で、人々の欲望を吸い尽くす大根なのです。
そしてそれは、ちくわぶには決して真似のできないプロフェッショナルな芸当でもあるのです。

Text/Fukusuke Fukuda