普段、「ここ、楽園だわー」って感じることはあるでしょうか。
例を挙げるとすると、絶好のロケーションの露天風呂、豪華食事付きのセレブなパーティー、あと、ハワイとか。
この世にはいわゆる『楽園』って呼ばれるものが数多く存在する。誰もが週末や連休にはそこで癒されに行く。
ていうか今すぐにでも行きたい。
O SOM E A FÚRIA, KOMPLIZEN FILM, GULLANE, SHELLAC SUD 2012
ただ、この映画で描かれる『楽園』はちょっと違う。
そこは草木が生い茂り、虫と動物が溢れる野原。物は少なく、娯楽に飢えている。挙げ句の果てに、植民地。
これのどこが楽園なんだ、って言うでしょう。
だけど、愛し合う二人の耳はそんな野次も聞き入れない。ただ、二人の言葉だけが存在し、二人の唇と唇が合わさりあうだけで、そこが『楽園』になるのだから。
世界観すら変えてしまうなんて、まったく恋愛とは恐ろしいものです。
“ポルトガルで今最も注目すべき監督”と才能を認められ、本作で第62回ベルリン国際映画祭でアルフレッドバウアー賞と国際批評家連盟賞を受賞したミゲル・ゴメス監督。
大胆な二部構成で、現代の空虚感と過去の情熱的な記憶を描いています。
現代パートにはテレーザ・マドルーガとラウラ・ソヴェラルといったベテラン、過去パートにはアナ・モレイラとカルロト・コッタというポルトガルの若い才能を起用し、モノクロームながらも生々しい息遣いと草木と汗と唾液にまみれた恋愛を、時にロマンチックに、時にエロティックに切り取っています。